本能寺燃ゆ

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第五章「盲愛の寺」

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 閏三月に入り、殿が言うところの〝生臭坊主〟の筆頭格である大坂本願寺の門跡顕如が、和睦を受け入れると正式に返事をしてきた。

 顕如は、和睦を受け入れるかどうか、妻如春尼にょしゅんにとともに、顕如の補佐役である下間頼総しもつまらいそう(坊官)らに諮った。

 これ以上の籠城には耐えられそうにないこと、摂津・東播の悲惨な有様、世の情勢を見て取り、また勅使を無碍にすることもできないと、来る七月二十日までには大坂を出る、本願寺側からその誓約を出すという条件で和睦を受け入れることとなった。

 この朗報に喜んだ殿は、六日に青山中元あおやまただもとを検視役に遣わし、七日には誓約への顕如らの署名を見届け、翌八日には安土へと戻ってきた。

 殿が出した条件とは、以下のとおりである。



  ひとつ、これまでの一件すべて許す

  ひとつ、天王寺の北の城には、まず近衛軍と入れ替え、

       本願寺が大坂を出たら、すぐさま王子塚に此度の遣いを入城させる

  ひとつ、末寺との往来は以前のとおりで良い

  ひとつ、気遣いとして、人質を送る

  ひとつ、加州二郡(江沼・能美)は、大阪から退いたあとにお返しする

  ひとつ、七月のお盆前までに、すべてをなされたし

  ひとつ、花隈・大物(尼崎)も、大坂を退くとともに明け渡されること



 荒木村重の最後の砦である花隈と大物(尼崎)にも、一向門徒が多く立て籠もっていた。

 本願寺が殿と和睦すれば、ここの門徒も織田方と敵対する意味はない。

 門徒衆が城を出れば、必然花隈の守りも緩くなり、村重も困窮しようという意図があった。

 ともかく、殿は斯様な条件を出し、本願寺はこれを受け入れ、起請文に署名 ―― 坊官で側近の下間頼廉らいれん、下間頼龍らいりゅう、下間仲之ちゅうしが署名、これに顕如、教如きょうにょ(顕如の嫡子)が請文を添えて、勅使へと届け出た。

 ここに、織田家と本願寺の和睦がなった ―― これで実に三度目である………………また、破談にならねばよいが………………

 殿は、誓約書に署名した下間らにそれぞれ黄金十五枚を、如春尼にも二十枚、顕如には添え状とともに三十枚を贈った。

 随分、大坂方に譲歩したような形になったが ―― 確かに、これは攻め側の総大将とすれば受け入れがたい条件かもしれないが、表向き天下の足元が穏やかになったことは喜ばしきことであった。

 この報せは、すぐに織田家全軍に伝えられた。

 一向門徒との戦は取りやめとなった。

 本願寺から各地の門徒へも文が送られた。

 だが、加賀の門徒はこれに従わなかったようだ。

 大坂からの和睦、城明け渡しの命令にも従わず、まだ抵抗しようとしていたので、これを幸いにと柴田勝家は加賀へと進み出た。

 以前痛い目にあった添川・手取川を越え、宮の腰(金沢)に布陣、この一帯を焼き払う。

 一向勢は野の市に立て籠もるが、ここも落として、東は越中の国堺を超えて侵出、北は土肥親真どひちかざねの籠る能登の末盛まで落とし、一帯を掌握した。
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