本能寺燃ゆ

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第五章「盲愛の寺」

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 十兵衛が寄こした伴天連は、ニェッキ・ソルド・オルガンティーノと、耶蘇に回収した修道士高井コスメという男であった。

 本朝の人間がいたことで、言葉の問題はなかったが、それを気にせずとも、オルガンティーノは非常によく我が邦の言葉を操った。

「おるがの殿(オルガンティーノ)は、言葉が巧みじゃな」

「〝郷に入りては郷に従え〟、我らの教えを広げようとするならば、その邦のことを知り、その邦の人たちと同じように生きるのが大切かと思いました」

〝郷に入りては郷に従え〟という言葉も、巧みに使う。

 太若丸も、仏教経典や古い文書、唐からもたらされた書を読むことあるが、これらの言葉を習得するのに、どれほど苦労したか。

 南蛮人が、斯くも流暢に言葉を操ることは、まったくもって驚くことである。

「うむ、感心感心! その心がけ、天晴!」、殿も酷く感心している、「以前に会った伴天連は、言葉すらできず、というか覚えるつもりもなさそうで、この邦のものを酷く下に見ておったな。あやつは、まだ息災か?」

 オルガンティーノとコスメは、顔を見合わせて、互いに苦笑した。

 コスメが言う。

「それはたぶん、カブラル修道士のことと思いますが……、まあ、いまは西の方で布教をしております」

「なんぞ、あるのか? そのような顔をして」

「まあ、その……、上様が仰られますように、この邦のものたちを見下すようなことをするものですから、ヴァリニャーノ修道士から酷く注意を受けております」

 フランシスコ・カブラスというのが、いまこの邦で布教している伴天連たち ―― 耶蘇会の長らしい。

 これが、本朝の人たちを酷く下に見ているとか。

『この邦の人々は、傲慢で、貪欲で、不安定で、偽善だ! 悪徳に耽り、そのように育てられている!』

 と、この邦の習慣に馴染むことなく、蔑んで、言葉を覚えることも、また教徒となったものに己の言葉を教えることもしなかったとか………………

 それを昨年やってきた巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが問題視し、ひどく注意を受けたらしい。

 近々、耶蘇会の長を辞めさせられるか、本国に帰されるのではないかとのことらしい。

「それはそれは……、まあ、それは致し方あるまい」と、殿は実に愉快に笑った、「他人の邦にきて、その邦のものを見下し、笑うからそうなる」

 確かに、殿の言う通りである。

 この話をきいたとき、太若丸も気分が悪かった。

 八郎から聞いたが、確か、この人たちの教えは『隣の人を好きになりなさい、さすれば諍いもなくなり、幸せな世の中になる』ではなかったか?

 見下すような相手と仲良くなれようか?

 さらに、そんな相手から、『お前らは劣った人間だから、俺たちが正しい道を教えてやる』と言われて、素直に従うことが出来ようか?

 異国の教えを高圧的に布教しようという時点で、間違っているのではないか?

「儂も言ったのじゃ、おぬしらの教えを広げたいのなら、他の邦にきて、その邦の習俗や生きように、あまり口を出さんがよいぞ。生臭坊主どもとは幾らでもやり合ってもよいが、その邦に住むものを貶めるのであれば、すぐさまここから立ち退いてもらうぞ、と」

「御尤もでございます。ヴァリニャーノ巡察師も、その点を大変危惧され、カブラス修道士にきつく注意を促されました」

「さもありなん」

 溜飲を下げるとは、このことである。

 が、カブラスが我々を見下すのも、かれらの教えを聞けば、分かるような気もする。

 彼らによれば、この邦は、悪いことばかりして神によって滅ぼされた邦と似てところがあるらしい。

 その最たるものが、目合まぐわいらしい。

 彼らが言うに、この邦の人は、手あたり次第、暇があれば交わっているとか。

 彼らの教えでは、目合いは、あくまで子孫を残すためであり、行為することで得られる心地よさに溺れてはならないという ―― まあ、この辺は仏の教えと似ているし、本朝でも当然こととして扱われる。

 が、伴天連連中に言わせれば、かなり乱れているらしい。

 ましてや、男同士が目合うことなど以ての外 ―― もっとも忌むべきことらしい。

 本朝では、それを上のものから下のものまでやっているのだから、それは劣った生き物に見られよう。

 これは、カブラスだでなく、目の前にいるオルガティーノたち全ての伴天連連中が思っているらしいが………………

 以前それを指摘されたとき、殿は、

『おぬしらの神は、度量の狭い奴じゃな。儂らの神さんは、そのぐらい笑って見過ごすぞ。というか、むしろ神さんが喜んで睦合っておるぐらいじゃらかな。おぬしらの神さんと度量が違うのよ』と、笑い飛ばしたらしいが、『だいたい、男同士で〝目合い〟するのは、夫婦のようにお互いのことを敬うためであり、お互いの絆を強固なものにするためじゃ。ただ気持ちが良いからと交わっておるのではないぞ」

 物は言いようである。

 それはさておき、彼らが我ら小姓を見る目が酷く蔑んでいるは、そのためだ。
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