本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
446 / 498
第五章「盲愛の寺」

59

しおりを挟む
 数日後、乱の母 ―― 妙向尼みょうこうにがやってきた。

 林新右衛門通安はやししんえもんみちやすの娘で、森三左衛門可成もりさんざえもんよしなりの妻となり、森傳兵衛可隆でんべえよしたかを筆頭に九人の子を生んだ。

 可隆は、元亀元(一五七〇)年の朝倉攻めの際に討ち死に、森家の現当主は弟で、鬼武蔵の異名をもつ森勝蔵長可かつぞうながよしである。

 三男の乱(成利なりとし)、四男坊(長隆ながたか)、五男力(長氏ながうじ)の三人は信長の小姓である。

 その下にもうひとり息子がおり、さらにふたりの娘がいた。

「上様の御尊顔を拝し、恐悦至極に……」

 と、型取りの挨拶をする妙向尼に、殿は手で制しながら、

「堅苦しい挨拶はぬきじゃ、妙向尼殿。もちと、もちと近こう」

 顔をあげた妙向尼は、まさに乱そのもの ―― 切れ長の目と、すっきりとした鼻筋 ―― 髪を下ろしたいまでも、その美貌が伺える。

 どうも、乱やその弟たちは、母の血を色濃く受け継いでいるようだ。

「それで、大坂はどうであろう?」

 と、早速本題に入った。

「大坂も兵糧が乏しく、これ以上の戦は無益と存じ、本願寺門跡様(顕如けんにょ)も一日でも早い和睦を願っておられまする」

 殿は頷く。

「されど……、佐久間様の提示する首、または人質を差し出せというのは………………」

 妙向尼は首を振った。

「まあ、当然であろうな。しかし、右衛門尉の言うことも、武人として最もなことじゃ」

「それは、よくよく存じ上げておりまする。そこで、わらわに妙案がござりまする」

「ほう、なんと?」

「本願寺から人質をもらう代わりに、わらわの一番下の息子 ―― 仙千代を仏門に入らせ、これを人質として本願寺に送られては如何でしょうや?」

「なんと!」、殿は酷く驚く、「妙向尼殿自ら、子を差し出すと?」

「それで、双方丸く収まり、天下に平穏がもたらされれば、我が夫も上様のお役に立てたと草葉の陰で喜びましょう」

「うむ、三左衛門は惜しいことをした………………」

「夫は、常に上様のことを気遣っておりました。ここで、上様のために働かなければ、わらわもあの世で夫に合わせる顔がございませぬ」

「よう言うた、妙向尼殿、そなたの織田家だけでなく、天下に対する思い、ようよう心に染みた。我が子を人質として差し出すは武門の習わしとはいえども、自らそれを言える母は幾ばくもいようか。そなたの武人もののふの妻としての気構えに、感謝いたしまするぞ」

「もったいない言葉で」

「安心なされ、そなたの忠義に応え、乱やその弟たち、もちろんその仏門に入る息子殿も悪いようにせんから」

「ありがたき幸せ。これで、心飽きなくあの世に行き、夫に顔向けできまする」

「妙向尼殿、あの世にはまだ早すぎまするぞ。これから、乱たちの成長を見守ってもらわねば」

「ありがたきお言葉で」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...