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第五章「盲愛の寺」
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それは太若丸だけでなく、十兵衛や信盛たちも気になったようだ。
「大殿、京で戦をおはじめに? そのために詮議で某らをお呼びに?」
「ん? いやいや、そういうわけではない。そなたらを呼んだのは……」
殿は、乱に絵図を仕舞わせ、信盛たちに向き直った。
「大坂とは……、和睦する」
「いま……、何と?」
信盛が驚きながら訊ねる。
「大坂とは和睦する。戦は、これまでじゃ」
十兵衛が、太若丸に視線を寄こす。
太若丸は首を振った………………何も聞いていない………………そんな大事な話なら、何かの拍子に口にしているはずだ………………いや、大事な話だから、口にしなかった?………………まあ、殿はたまに突拍子もないこともいうが………………
ああ、そういえば最近、殿の枕のお供をしていないな。
『儂を神にしろ』
などと、無理難題を言い出すものだから、夜は書物と睨めっこ。
夜伽は乱に任せている………………まさか、またあいつが何かしたか?
いや、これほどの大事な話、ただの小姓がどうにでもできることはあるまい。
そんなことなら、信盛や十兵衛にひと言あってもいいはずだ。
大坂を落とすために、信盛や十兵衛らが如何に苦労し、多大な犠牲を払ってきたか。
しかも、いまの総大将は佐久間右衛門尉信盛 ―― 大坂を囲んで五年近く、今年あたりには落城させると息巻いていたのだから、和睦の前に、信盛と相談があっても良いはずだが………………
「斯様な話……、某は聞いておりませぬが………………」
信盛は不服な顔をしている。
「うむ、いま言うた」
「それは決まりで? この佐久間に相談なく?」
「おぬしに相談すれば、〝必ず、必ず落としまする〟というて聞かぬであろう」
まあ、確かに。
大坂攻めの総大将としては、城を落として何ぼのものだろう。
「十兵衛のお陰で両丹も治まり、勘九郎(信忠)も摂津をよくよくまとめ、播磨も何とか収まった。天下(畿内周辺)で収まっていないのは大坂だけじゃ。もうそろそろ天下を静かにさせんと、天下人として笑われようからな」
天下の差配を考えているならば、当然のことであろう。
だが、信盛は納得いっていないようだ、眉を顰めている。
「丘は我らが、海は九鬼が固めておりまする。兵糧もそろそろ尽きかけるころ、あと半年もすれば、あちらから首を垂れてきましょうぞ。それを何もこちらから手を差し伸べずとも………………」
「うむ、おぬしの言う通りじゃ。大坂も、息があがっておる」
「左様でございましょう」と言った後で、信盛は首を傾げた、「それは、どこでお知りに?」
「乱丸のご母堂様がな、大坂も毛利から兵糧も絶たれ、ひどく困窮していると、門跡からも何とか儂と話はできないだろうかと便りがあってな」
乱を見ると、にこりと笑っている。
やはり、こいつの仕業か!
信盛は、乱を睨みつけている。
「こちらも、これ以上大坂だけにかかりっきりになっているわけにいかん。ちょうど良い頃合いと、この話を受けるつもりだ」
「しかし、そのような状況ならば、なおのこと攻め落とせば………………」
信盛の言葉に、殿は被せるように、
「すでに、朝廷に仲介に入っていただくよう、近衛殿にも話をあげている」
帝まで話があがったのなら、もう決まったも同然 ―― これをひっくり返すことなど、信盛はできまい。
信盛は、眉を怒らせたまま、
「大殿が仰るならば」
と、ぶっきら棒に口を開いた。
殿は苦笑する。
「そんな顔をするな、右衛門尉、そなたを蔑ろにしておるわけではない。そなたには、大坂攻めの総大将として、最後まで和睦の取次ぎをしてもらいたい」
信盛は、それでもむすっとしている。
「大殿、京で戦をおはじめに? そのために詮議で某らをお呼びに?」
「ん? いやいや、そういうわけではない。そなたらを呼んだのは……」
殿は、乱に絵図を仕舞わせ、信盛たちに向き直った。
「大坂とは……、和睦する」
「いま……、何と?」
信盛が驚きながら訊ねる。
「大坂とは和睦する。戦は、これまでじゃ」
十兵衛が、太若丸に視線を寄こす。
太若丸は首を振った………………何も聞いていない………………そんな大事な話なら、何かの拍子に口にしているはずだ………………いや、大事な話だから、口にしなかった?………………まあ、殿はたまに突拍子もないこともいうが………………
ああ、そういえば最近、殿の枕のお供をしていないな。
『儂を神にしろ』
などと、無理難題を言い出すものだから、夜は書物と睨めっこ。
夜伽は乱に任せている………………まさか、またあいつが何かしたか?
いや、これほどの大事な話、ただの小姓がどうにでもできることはあるまい。
そんなことなら、信盛や十兵衛にひと言あってもいいはずだ。
大坂を落とすために、信盛や十兵衛らが如何に苦労し、多大な犠牲を払ってきたか。
しかも、いまの総大将は佐久間右衛門尉信盛 ―― 大坂を囲んで五年近く、今年あたりには落城させると息巻いていたのだから、和睦の前に、信盛と相談があっても良いはずだが………………
「斯様な話……、某は聞いておりませぬが………………」
信盛は不服な顔をしている。
「うむ、いま言うた」
「それは決まりで? この佐久間に相談なく?」
「おぬしに相談すれば、〝必ず、必ず落としまする〟というて聞かぬであろう」
まあ、確かに。
大坂攻めの総大将としては、城を落として何ぼのものだろう。
「十兵衛のお陰で両丹も治まり、勘九郎(信忠)も摂津をよくよくまとめ、播磨も何とか収まった。天下(畿内周辺)で収まっていないのは大坂だけじゃ。もうそろそろ天下を静かにさせんと、天下人として笑われようからな」
天下の差配を考えているならば、当然のことであろう。
だが、信盛は納得いっていないようだ、眉を顰めている。
「丘は我らが、海は九鬼が固めておりまする。兵糧もそろそろ尽きかけるころ、あと半年もすれば、あちらから首を垂れてきましょうぞ。それを何もこちらから手を差し伸べずとも………………」
「うむ、おぬしの言う通りじゃ。大坂も、息があがっておる」
「左様でございましょう」と言った後で、信盛は首を傾げた、「それは、どこでお知りに?」
「乱丸のご母堂様がな、大坂も毛利から兵糧も絶たれ、ひどく困窮していると、門跡からも何とか儂と話はできないだろうかと便りがあってな」
乱を見ると、にこりと笑っている。
やはり、こいつの仕業か!
信盛は、乱を睨みつけている。
「こちらも、これ以上大坂だけにかかりっきりになっているわけにいかん。ちょうど良い頃合いと、この話を受けるつもりだ」
「しかし、そのような状況ならば、なおのこと攻め落とせば………………」
信盛の言葉に、殿は被せるように、
「すでに、朝廷に仲介に入っていただくよう、近衛殿にも話をあげている」
帝まで話があがったのなら、もう決まったも同然 ―― これをひっくり返すことなど、信盛はできまい。
信盛は、眉を怒らせたまま、
「大殿が仰るならば」
と、ぶっきら棒に口を開いた。
殿は苦笑する。
「そんな顔をするな、右衛門尉、そなたを蔑ろにしておるわけではない。そなたには、大坂攻めの総大将として、最後まで和睦の取次ぎをしてもらいたい」
信盛は、それでもむすっとしている。
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