本能寺燃ゆ

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第五章「盲愛の寺」

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「しかし……、如何にするか……」

 殿は、開け放たられた襖の向こうに見える花を眺めながら考える。

 この時期に咲く花 ―― 名は、なんであろうか?

 太若丸は、山崎にいた。

 十一月二十二日に東宮が二条邸に移られたのを見届けた殿は、しばし京の周りで鷹狩などを楽しまれた後、師走にはいって山崎に下った。

「摂津は……、城を枕に討ち死にするか?」

「それは、なかろうかと……」

 殿の言葉に、佐久間信盛が首を振った。

 大坂包囲の合間に、再び呼び出されていた ―― 大坂攻めの総大将でありながら、他の戦の助太刀に向かったり、ときにこうして殿に呼びだされ、茶飲み相手をしたりと、佐久間殿も大変である。

「ならば、右衛門尉は如何に?」

 これも呼び出された実弟信包が訊ねる。 

「某が荒木であれば……、逃げまするな」

「流石は、退きの佐久間でござるな」

 と、信包は笑う。

「しかし、妻子を残して逃げるか?」

「逃げる……と見せて、逆に有岡に攻めあがりまする」

「ほう、なるほど!」

「大物(尼崎)、花隈に兵が集中するなか、手勢を率いてこれを掻い潜り、手薄になった有岡を一気に落としまする」

「うむ、そうくるか……」

 信包は、なるほど、なるほどと頻りに頷く。

「それはござらん!」

 怒声が飛んだ、摂津攻めの総大将信忠である。

 有岡開城と、荒木親子が立て籠る大物(尼崎)・花隈の詳細を知らせるため、自ら山崎まで上がってきていた。

 このぐらいのことなら使番で用が済むものを………………まあ、自ら手柄を報せ、直に褒められたいという思いがあっただろう。

 付き添いの宿老林秀貞も、老体に鞭打って大変だ。

「大物(尼崎)と花隈は、鼠一匹這い出る隙間もなく、固めておりまする。有岡も同様!」

 信忠は、きっと信盛を睨みつける。

「まあ、斯様な囲みは、如何様にでも破れますからな……」

「そういうなら、おぬしの大坂囲いも破られておるのではないか? だから、大坂の兵糧がなかなか尽きず、落ちぬのであろう」

 信忠の言葉に、信盛は眉を顰める。

「これは異なことを? 殿は、某らの囲いに穴があると仰せか?」

「おぬしも、我の囲いに抜けがあると言うたではないか?」

「抜けがあるとは申してはおりませぬ。武人ならば、活路を開くために、どのような囲みであろうと突破するという話をしておりまする」

「ならば、大坂も同じではないか!」

「大坂は、武士もののふの集まりではございませぬ」

 信盛の言葉は、半分正しく、半分間違いだ ―― 確かに門徒もいるが、門徒である武将や雑賀のの鉄砲衆などもいる ―― これは、信盛の強がりか?

「ならば、その門徒相手に、いったい何年かかっておるのやら」

 信忠は鼻で笑う。

 信盛は、きっと睨みつける。

 険悪な雰囲気に、その場にいたものは、押し黙ってしまった。

 殿は、ただじっと目を閉じ、ふたりの話を聞いている………………のか?

 それとも、別のことを考えているのか?
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