434 / 498
第五章「盲愛の寺」
47
しおりを挟む
「しかし……、如何にするか……」
殿は、開け放たられた襖の向こうに見える花を眺めながら考える。
この時期に咲く花 ―― 名は、なんであろうか?
太若丸は、山崎にいた。
十一月二十二日に東宮が二条邸に移られたのを見届けた殿は、しばし京の周りで鷹狩などを楽しまれた後、師走にはいって山崎に下った。
「摂津は……、城を枕に討ち死にするか?」
「それは、なかろうかと……」
殿の言葉に、佐久間信盛が首を振った。
大坂包囲の合間に、再び呼び出されていた ―― 大坂攻めの総大将でありながら、他の戦の助太刀に向かったり、ときにこうして殿に呼びだされ、茶飲み相手をしたりと、佐久間殿も大変である。
「ならば、右衛門尉は如何に?」
これも呼び出された実弟信包が訊ねる。
「某が荒木であれば……、逃げまするな」
「流石は、退きの佐久間でござるな」
と、信包は笑う。
「しかし、妻子を残して逃げるか?」
「逃げる……と見せて、逆に有岡に攻めあがりまする」
「ほう、なるほど!」
「大物(尼崎)、花隈に兵が集中するなか、手勢を率いてこれを掻い潜り、手薄になった有岡を一気に落としまする」
「うむ、そうくるか……」
信包は、なるほど、なるほどと頻りに頷く。
「それはござらん!」
怒声が飛んだ、摂津攻めの総大将信忠である。
有岡開城と、荒木親子が立て籠る大物(尼崎)・花隈の詳細を知らせるため、自ら山崎まで上がってきていた。
このぐらいのことなら使番で用が済むものを………………まあ、自ら手柄を報せ、直に褒められたいという思いがあっただろう。
付き添いの宿老林秀貞も、老体に鞭打って大変だ。
「大物(尼崎)と花隈は、鼠一匹這い出る隙間もなく、固めておりまする。有岡も同様!」
信忠は、きっと信盛を睨みつける。
「まあ、斯様な囲みは、如何様にでも破れますからな……」
「そういうなら、おぬしの大坂囲いも破られておるのではないか? だから、大坂の兵糧がなかなか尽きず、落ちぬのであろう」
信忠の言葉に、信盛は眉を顰める。
「これは異なことを? 殿は、某らの囲いに穴があると仰せか?」
「おぬしも、我の囲いに抜けがあると言うたではないか?」
「抜けがあるとは申してはおりませぬ。武人ならば、活路を開くために、どのような囲みであろうと突破するという話をしておりまする」
「ならば、大坂も同じではないか!」
「大坂は、武士の集まりではございませぬ」
信盛の言葉は、半分正しく、半分間違いだ ―― 確かに門徒もいるが、門徒である武将や雑賀のの鉄砲衆などもいる ―― これは、信盛の強がりか?
「ならば、その門徒相手に、いったい何年かかっておるのやら」
信忠は鼻で笑う。
信盛は、きっと睨みつける。
険悪な雰囲気に、その場にいたものは、押し黙ってしまった。
殿は、ただじっと目を閉じ、ふたりの話を聞いている………………のか?
それとも、別のことを考えているのか?
殿は、開け放たられた襖の向こうに見える花を眺めながら考える。
この時期に咲く花 ―― 名は、なんであろうか?
太若丸は、山崎にいた。
十一月二十二日に東宮が二条邸に移られたのを見届けた殿は、しばし京の周りで鷹狩などを楽しまれた後、師走にはいって山崎に下った。
「摂津は……、城を枕に討ち死にするか?」
「それは、なかろうかと……」
殿の言葉に、佐久間信盛が首を振った。
大坂包囲の合間に、再び呼び出されていた ―― 大坂攻めの総大将でありながら、他の戦の助太刀に向かったり、ときにこうして殿に呼びだされ、茶飲み相手をしたりと、佐久間殿も大変である。
「ならば、右衛門尉は如何に?」
これも呼び出された実弟信包が訊ねる。
「某が荒木であれば……、逃げまするな」
「流石は、退きの佐久間でござるな」
と、信包は笑う。
「しかし、妻子を残して逃げるか?」
「逃げる……と見せて、逆に有岡に攻めあがりまする」
「ほう、なるほど!」
「大物(尼崎)、花隈に兵が集中するなか、手勢を率いてこれを掻い潜り、手薄になった有岡を一気に落としまする」
「うむ、そうくるか……」
信包は、なるほど、なるほどと頻りに頷く。
「それはござらん!」
怒声が飛んだ、摂津攻めの総大将信忠である。
有岡開城と、荒木親子が立て籠る大物(尼崎)・花隈の詳細を知らせるため、自ら山崎まで上がってきていた。
このぐらいのことなら使番で用が済むものを………………まあ、自ら手柄を報せ、直に褒められたいという思いがあっただろう。
付き添いの宿老林秀貞も、老体に鞭打って大変だ。
「大物(尼崎)と花隈は、鼠一匹這い出る隙間もなく、固めておりまする。有岡も同様!」
信忠は、きっと信盛を睨みつける。
「まあ、斯様な囲みは、如何様にでも破れますからな……」
「そういうなら、おぬしの大坂囲いも破られておるのではないか? だから、大坂の兵糧がなかなか尽きず、落ちぬのであろう」
信忠の言葉に、信盛は眉を顰める。
「これは異なことを? 殿は、某らの囲いに穴があると仰せか?」
「おぬしも、我の囲いに抜けがあると言うたではないか?」
「抜けがあるとは申してはおりませぬ。武人ならば、活路を開くために、どのような囲みであろうと突破するという話をしておりまする」
「ならば、大坂も同じではないか!」
「大坂は、武士の集まりではございませぬ」
信盛の言葉は、半分正しく、半分間違いだ ―― 確かに門徒もいるが、門徒である武将や雑賀のの鉄砲衆などもいる ―― これは、信盛の強がりか?
「ならば、その門徒相手に、いったい何年かかっておるのやら」
信忠は鼻で笑う。
信盛は、きっと睨みつける。
険悪な雰囲気に、その場にいたものは、押し黙ってしまった。
殿は、ただじっと目を閉じ、ふたりの話を聞いている………………のか?
それとも、別のことを考えているのか?
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説


1333
干支ピリカ
歴史・時代
鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。
(現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)
鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。
主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。
ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版
藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった―――
関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した
それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった
―――鎖国前夜の1631年
坂本龍馬に先駆けること200年以上前
東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン
『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝
糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。
その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。
姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる