本能寺燃ゆ

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第五章「盲愛の寺」

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 正直、征夷大将軍や太政大臣になりたいと言われた方が、いくらも簡単である。

 帝や公家衆を銭やもので釣ればよい。

 殿が頼めば、いくらでも動いてくれるし、一定の血筋しか認められない官職でさえも、もらえるであろう。

 そのために、東宮に二条邸を献上するのではないのか?

 この一件は、十一月五日に奏上され、許しを得た。

 東宮が移られる日取りは、陰陽博士の選定により十一月二十二日である。

 帝を抱え込むことを飛び越して、自らが神になる?

 そんなことが出来ようか?

 いくら殿が平氏を本姓にもち、帝と同じ血を継いでいると宣わっても、誰がそれを信じよう。

 それならば、源氏だ、平氏だと名乗っている他の武将も、『我は神じゃ!』と言えるはず。

 仮に、殿が〝神〟だと称するならば、衆生が納得いくようなことわりがなければならない。

 これは、『鳶が鷹を生む』ことよりも難しい。

 まるで、『鳶が麒麟を生む』がごとし。

 鳶も鷹も、同様に鳥だ。

 同じ鳥同士ならば、もしかしたら、そんなこともあるかもしれない。

 だが、鳶と麒麟は違う。

 一方は鳥で、もう一方は神獣である。

 鳥が獣をうむことはあるまいし、神を生むことも、絶対にあるまい。

 その絶対にありえないことを、〝成せ〟という。

 殿が、『やれ!』と言ったら、やらねばならぬ。

 これに、幾多の武将が頭を悩ませて、疲弊しているか………………殿は、疲れも知らずに、常に何事か考え、何事かしているので、それが当たり前と他のものにも同様にやらせようとするが、己と同じようなものが、この世に二人といようか?

 もし殿ような人が、この世にもうひとりいれば、それこそ争いになってしまう。

 ともかく、殿の無茶な言いつけで、太若丸はこの数日、夜通し書物に目を通している。

 東宮が二条邸に移る仕度や、そのために殿が京で宿泊先を妙覚寺に移られる仕度、その合間に鷹狩のお供などと忙しいのに………………

 夜のお供だけは、殿に許しを得て、乱ひとりで相手をしてもらっている。

 正直、殿と乱をふたりっきりにするのは、いささか躊躇いもあったが、流石に昼も夜も殿の世話をし、そこにいつも以上に書物を相手にしなければならぬというのだから、体がいくつあっても足りない。

 殿も、己が言い出したことなのだから、太若丸が夜の供は遠慮したいといっても、渋い顔はしていたが、

「まあ、仕方はあるまい」

 と、許してくれた。

「その代わり、きっと良い策を見つけるのだぞ」

 そう念を押されたものだから、死ぬ気で見つけ出さねばなるまい。

 だが、古今東西、どのような書物に目を通しても、神になるための所作など書かれているはずもなく………………

 あのとき十兵衛は笑っていたが、何か確信があったのだろうか?

 十兵衛しか知らぬ、策と言うものが………………

 というか、何故十兵衛は、乱のあの馬鹿げた話に乗ったのか?

 十兵衛ほどの武将が、たかが小姓の無駄話に、なぜ付き合ったのか?

 殿の小姓だからと、気に入られようとしたのか?

 それとも、十兵衛自身が、乱を気に入ったのか?

 あの時の、乱の顔ときたら………………なにか知らないが、胸がむかむかとしてきた。

 十兵衛と乱が………………いや、ない!

 絶対にありえない!

 十兵衛は、乱のことが嫌いなはずだ。

 十兵衛が好きなのは、吾だけだ!

 きっと十兵衛は、殿が神となることが、己自身にも有利となると悟って、乱の話を受け入れたのだろう?

 ………………………………十兵衛は、神になりたいのか?………………………………

『それが己に有利に働くならば、鬼であろうとも使う』

 真田八郎さなだはちろうの言葉が脳裏に過る。

 十兵衛は、神も使おうとしているのか?

 いや、神など、畏れ多い………………太若丸は首を振る、十兵衛がそんなこと………………

『あいつは、そういう男だ』

 八郎は、そうも言ったが………………
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