本能寺燃ゆ

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第五章「盲愛の寺」

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「あい分かった。東国の一件は、しばし様子見じゃ」

「畏まり候」

「それで……」、信包が訊く、「中将様の一件は如何様に?」

 殿は、眉をきっと吊り上げ、

「あいつは……」

 と口を開きかけたところに、信包が被せる。

「伊州は良好な田畑が少ないため、古くから多くは雇われものとして各地の武将のもとで戦をしております。その戦い方は、伊賀の地の利を生かしたような隠密行動を得意としておりまする。これを間者として、徳川や北条だけでなく、大坂や毛利に忍び込ませるのも得策かと」

 殿は頷く。

「逆に、これが敵に回ると面倒なことになりましょう。それを思えば、伊州を早々に抑えようとした中将様のこと、あながち間違いではありますまい」

「まあ、確かにそうではあるが……、しかし、負けたではないか」

「そこは、まだまだ力量が足りぬと……、この一件、中将様には某の方で十分に言い含めまする故、この上野介の顔に免じて、これもまたしばし様子見を………………」

 信包が頭を下げる。

 同じく、信盛も十兵衛も、殿に頭を下げた。

 東国の件に関しては意見はそれぞれだが、この一件に関しては同じのようだ。

 異母兄の信広亡き後、連枝衆のなかでも最も信を置いている実弟信包、そして家臣団の中でも信を置く信盛、十兵衛の二人に頭を下げられては、殿も「否!」とは言えまい。

 しばらく渋い顔をしていたが、

「あい分かった。されど、処罰を与えぬわけにはいかん。皆に示しがつかん。しばし謹慎せよと申すつけよ!」

 追放は、何とか免れた。

 信包も、信盛も、そして十兵衛もほっとった一安心した様子であった。

 しかし、殿が………………いや、十兵衛が天下をとるまでには、まだまだ障害が多い。

 大坂本願寺に、安芸の毛利、越前の上杉、甲斐の武田、ここに相模の北条、三河の徳川が加わった。

 さらに、鎮西には大友、龍造寺、島津、双名洲には長曾我部、関東には北条の他にも、佐竹、里見、奥州は蘆名、最上、葛西、伊達、さらに北に南部や津軽らもいる。

 これらを平らげて、大将軍として号令をかけるには、まだまだ時が必要だ。

 何事も慎重に………………たとえ時がかかっても、ひとつひとつ事をなしていかなければなるまい。

 ひとつ間違えれば、いちからやり直し ―― そうなると、十兵衛にはもう、やり直す余裕などない。

 それは、吾も同じ ―― これ以上待つことはできない。

 進み具合は遅くとも、勢いに乗っているこの状況で事を進めるのが得策だ。

 いまは、慎重に………………、慎重に………………
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