423 / 498
第五章「盲愛の寺」
36
しおりを挟む
「あい分かった。東国の一件は、しばし様子見じゃ」
「畏まり候」
「それで……」、信包が訊く、「中将様の一件は如何様に?」
殿は、眉をきっと吊り上げ、
「あいつは……」
と口を開きかけたところに、信包が被せる。
「伊州は良好な田畑が少ないため、古くから多くは雇われものとして各地の武将のもとで戦をしております。その戦い方は、伊賀の地の利を生かしたような隠密行動を得意としておりまする。これを間者として、徳川や北条だけでなく、大坂や毛利に忍び込ませるのも得策かと」
殿は頷く。
「逆に、これが敵に回ると面倒なことになりましょう。それを思えば、伊州を早々に抑えようとした中将様のこと、あながち間違いではありますまい」
「まあ、確かにそうではあるが……、しかし、負けたではないか」
「そこは、まだまだ力量が足りぬと……、この一件、中将様には某の方で十分に言い含めまする故、この上野介の顔に免じて、これもまたしばし様子見を………………」
信包が頭を下げる。
同じく、信盛も十兵衛も、殿に頭を下げた。
東国の件に関しては意見はそれぞれだが、この一件に関しては同じのようだ。
異母兄の信広亡き後、連枝衆のなかでも最も信を置いている実弟信包、そして家臣団の中でも信を置く信盛、十兵衛の二人に頭を下げられては、殿も「否!」とは言えまい。
しばらく渋い顔をしていたが、
「あい分かった。されど、処罰を与えぬわけにはいかん。皆に示しがつかん。しばし謹慎せよと申すつけよ!」
追放は、何とか免れた。
信包も、信盛も、そして十兵衛もほっとった一安心した様子であった。
しかし、殿が………………いや、十兵衛が天下をとるまでには、まだまだ障害が多い。
大坂本願寺に、安芸の毛利、越前の上杉、甲斐の武田、ここに相模の北条、三河の徳川が加わった。
さらに、鎮西には大友、龍造寺、島津、双名洲には長曾我部、関東には北条の他にも、佐竹、里見、奥州は蘆名、最上、葛西、伊達、さらに北に南部や津軽らもいる。
これらを平らげて、大将軍として号令をかけるには、まだまだ時が必要だ。
何事も慎重に………………たとえ時がかかっても、ひとつひとつ事をなしていかなければなるまい。
ひとつ間違えれば、いちからやり直し ―― そうなると、十兵衛にはもう、やり直す余裕などない。
それは、吾も同じ ―― これ以上待つことはできない。
進み具合は遅くとも、勢いに乗っているこの状況で事を進めるのが得策だ。
いまは、慎重に………………、慎重に………………
「畏まり候」
「それで……」、信包が訊く、「中将様の一件は如何様に?」
殿は、眉をきっと吊り上げ、
「あいつは……」
と口を開きかけたところに、信包が被せる。
「伊州は良好な田畑が少ないため、古くから多くは雇われものとして各地の武将のもとで戦をしております。その戦い方は、伊賀の地の利を生かしたような隠密行動を得意としておりまする。これを間者として、徳川や北条だけでなく、大坂や毛利に忍び込ませるのも得策かと」
殿は頷く。
「逆に、これが敵に回ると面倒なことになりましょう。それを思えば、伊州を早々に抑えようとした中将様のこと、あながち間違いではありますまい」
「まあ、確かにそうではあるが……、しかし、負けたではないか」
「そこは、まだまだ力量が足りぬと……、この一件、中将様には某の方で十分に言い含めまする故、この上野介の顔に免じて、これもまたしばし様子見を………………」
信包が頭を下げる。
同じく、信盛も十兵衛も、殿に頭を下げた。
東国の件に関しては意見はそれぞれだが、この一件に関しては同じのようだ。
異母兄の信広亡き後、連枝衆のなかでも最も信を置いている実弟信包、そして家臣団の中でも信を置く信盛、十兵衛の二人に頭を下げられては、殿も「否!」とは言えまい。
しばらく渋い顔をしていたが、
「あい分かった。されど、処罰を与えぬわけにはいかん。皆に示しがつかん。しばし謹慎せよと申すつけよ!」
追放は、何とか免れた。
信包も、信盛も、そして十兵衛もほっとった一安心した様子であった。
しかし、殿が………………いや、十兵衛が天下をとるまでには、まだまだ障害が多い。
大坂本願寺に、安芸の毛利、越前の上杉、甲斐の武田、ここに相模の北条、三河の徳川が加わった。
さらに、鎮西には大友、龍造寺、島津、双名洲には長曾我部、関東には北条の他にも、佐竹、里見、奥州は蘆名、最上、葛西、伊達、さらに北に南部や津軽らもいる。
これらを平らげて、大将軍として号令をかけるには、まだまだ時が必要だ。
何事も慎重に………………たとえ時がかかっても、ひとつひとつ事をなしていかなければなるまい。
ひとつ間違えれば、いちからやり直し ―― そうなると、十兵衛にはもう、やり直す余裕などない。
それは、吾も同じ ―― これ以上待つことはできない。
進み具合は遅くとも、勢いに乗っているこの状況で事を進めるのが得策だ。
いまは、慎重に………………、慎重に………………
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説


1333
干支ピリカ
歴史・時代
鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。
(現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)
鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。
主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。
ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝
糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。
その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。
姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。

大航海時代 日本語版
藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった―――
関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した
それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった
―――鎖国前夜の1631年
坂本龍馬に先駆けること200年以上前
東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン
『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる