本能寺燃ゆ

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第五章「盲愛の寺」

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「それで、当代の北条相模守(氏政)という男は如何様に?」

「北条家は領土を拡大する傍ら、やはり他所者という意識が強いのか、その昔から領民をまとるために善政を敷き、その掌握に努めてまいりました。相模守も、この教えをよくよく守り、領民からの信望も篤いと聞き及びまする。先代(氏康)の戦功に隠れがちですが、戦の方もなかなかと存じまする」

「うむ……、いまの北条と戦をしても勝ち目はなしか?」

「勝負はときの運と申しまするが……、天下周辺や西国が斯様な状況では、無用な戦は避けるべきかと」

「うむ……、右衛門尉は如何に?」

「某は……、動くときかと……」

「その心は?」

 信盛は、慎重に言葉を選びながら話す。

「北条と徳川、これがまとまりますると、面倒なことになりまする。いまは織田家に良い顔をしても、こちらが不利となれば、すぐさま旗を翻すやもしれませぬ。桶狭間の後のことを考えれば。そうなる前に、順次潰しておいた方が得策かと………………」

「羽林と、戦をすると?」

 信盛は、静かに頷いた。

「しかし、如何様に? 西国が斯様な状況で、そなたの大坂もいまだ落ちぬではないか。これで、兵が動かせるか?」

 信包が尋ねる。

「武田に助力を願いましょう。武田は、常陸の佐竹とも手を結ぶように動いておりまする。さらに安房の里見にも話を伝えておるようで、着々と北条、徳川を包囲しておりまする。某に兵をくだされば、この機に乗じ、関東を平らげて見せましょう」

「大仰な」、殿は苦笑する、「が、武田と与するというか?」

「昨日の敵は、今日の友。武田は、いまや上杉とも同盟を結んでおりまする。武田と結めば、必然上杉とも………………」

「しかし、おぬしが大坂を離れて、誰が大坂を攻める?」

「倅だけで十分!」、信盛は胸を張る、「むしろ、ときをかければ、大坂方や毛利が、徳川・北条と手を結び、こちらも動きが取れなくなりましょう。その前に、一気に決着をつけた方が良いかと」

 殿は、信盛の言葉に頷き、しばらく考えたのち、十兵衛に顔を向けた。

「十兵衛は、やはり戦を避けるべきと考えるか?」

「いずれは……、徳川・北条とやりあわねばならぬでしょうが、いまは避けるべきかと。特に、北条の居城である小田原は、これも荒木の有岡と並んで堅牢と聞きまする。以前に、上杉が関東勢とともに十万の兵で囲んでも落とせなかったと。これにときを取られるますると、その方が我らの足元が危うくなりましょう。ここは、徳川と北条の同盟を認め、我らとも同盟を結んだうえで、関東の地盤を安定させ、一は摂津、二は播磨、次に大坂、越前、西国へと抑え、余力ができたところで、関東へと軸を移した方が無難かと」

「そんなことをしておると、年を取るぞ」、信盛は笑う、「それでなくとも、某も、そなたも良い年だ。大殿にご奉公できるのも、あと幾ばくか」

 見た目は昔と変わりはない ―― といえば、嘘になる、少し皺も増え、鬢にも白いものがちらほらと見えだした、それでも、まだあの頃の美しさは変わらぬ ―― そんな十兵衛も、五十の大台に乗ってしまった。

 確かに、あと何年生きられようか?

 その間に、天下の大将軍として号令をかけられようか?

 その時、太若丸は傍にいられようか?

「右衛門尉は、百まで生きようが」

 と、殿は笑われる。

 そうだ、十兵衛も百まで生きる。

 生きて生きて、生き抜いて、必ずや将軍となる。

 その時のために、吾は生きているのだと太若丸は心に決めている。

「しかし……、右衛門尉は戦、十兵衛は同盟を認めるか………………、して、三十郎(信包)は?」

「某は、西国は斯様な状況でなかなか動きませぬが、この状況下で貧乏公方(足利義昭)や毛利らが東国と結ぶと面倒なことになりましょう。ですが、兵を送るまでの余力はありませぬ。かと言って、同盟を認めると、あとあと面倒なことになろうかと。ここは、徳川と北条をなるべく分断させるように図られては?」

「間者を送る?」

 信包は頷く。

 殿は、珍しく腕組みをして考えている。

 足元がおぼつかないなか、東で騒ぎを起こされては面倒だ ―― 徳川と武田が戦になれば、こちらも助太刀に出さねばならぬであろう、それよりは武田と和与を図って、東国に絶妙な緊張感を与えておいた方が得策だ、………………というのが、殿の考えだろう。
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