419 / 498
第五章「盲愛の寺」
32
しおりを挟む
「しかし……」と、口を開いたのは、これも殿より呼ばれ、はせ参じた十兵衛である、「中将様の一件、如何にいたしましょうや? 伊州の方はあとにするとしても、中将様の方は早々にお決めにならないと………………」
「縁を切る!」
殿は、即答である。
信包も、信盛も、十兵衛もまた、それは………………という顔だ。
「恐れながら……、この状況で中将様を追放なされるのは、如何なるものかと………………」
十兵衛は、慎重に口を開く。
「何故じゃ?」
「西国が斯様な状況で、東国も安定せず、大坂もいまだ足踏み状態」
大坂の話がでたとき、信盛は渋い顔をした。
「両丹も、いまだ落ちぬ城が少々………………、この状況で中将様を追放すれば、各将兵が不安がりましょう。しかも、中将様は連枝衆、殿のご次男、さらには伊勢国司の北畠家を継いだ身、これになにかあるは、織田家としてどうなのかと朝廷だけでなく、巷間に対して動揺を与えましょうぞ」
確かに、殿は破竹の勢いで尾張から美濃、美濃から天下(京)まで押さえてしまったが、かと言って安定しているわけではない、周囲にはまだ従わないものばかり。
巷間は、世情の流れに敏で、移り気である。
いまは『織田様の天下だ』と言いながら、足元が揺らげば、『やはり織田では駄目だ』となるだろう。
「朝廷も、織田家では天下を差配することはできないとなれば、それこそ大坂や毛利、武田や上杉らと気脈を通じ、これを勢いづけましょう。また、荒木や別所のように裏を返すものもいようかと………………」
「〝猿〟や、羽林(家康)のようにか?」
十兵衛は、答えない。
代わりに信包が口を開く。
「すでに、徳川と北条は手を結び、六万近い兵を黄瀬川の東 ―― 三島に陣取り、これに武田も対抗し、三枚橋にまで兵を進めておるとか」
「そこまで?」
信盛と十兵衛は、表情を曇らせる。
「鷹をもらったことで、儂が同盟を許したと思ったかのう?」
「鷹を突き返しますか?」
「いまさら………………、右衛門尉は、如何様に思う?」、殿は信盛に尋ねる、「そなたは、むかしから三州のことに詳しいであろう? 羽林は、如何に動くか?」
「もとより、三河松平は松平郷の国人 ―― 清和源氏の新田氏から分かれた世良田氏の流れ………………といいまするが、まあ、そこは如何とも………………」
まあ、みな己の家柄を誇ろうと、武家の由縁ほど当てにならないものはないが。
「縁を切る!」
殿は、即答である。
信包も、信盛も、十兵衛もまた、それは………………という顔だ。
「恐れながら……、この状況で中将様を追放なされるのは、如何なるものかと………………」
十兵衛は、慎重に口を開く。
「何故じゃ?」
「西国が斯様な状況で、東国も安定せず、大坂もいまだ足踏み状態」
大坂の話がでたとき、信盛は渋い顔をした。
「両丹も、いまだ落ちぬ城が少々………………、この状況で中将様を追放すれば、各将兵が不安がりましょう。しかも、中将様は連枝衆、殿のご次男、さらには伊勢国司の北畠家を継いだ身、これになにかあるは、織田家としてどうなのかと朝廷だけでなく、巷間に対して動揺を与えましょうぞ」
確かに、殿は破竹の勢いで尾張から美濃、美濃から天下(京)まで押さえてしまったが、かと言って安定しているわけではない、周囲にはまだ従わないものばかり。
巷間は、世情の流れに敏で、移り気である。
いまは『織田様の天下だ』と言いながら、足元が揺らげば、『やはり織田では駄目だ』となるだろう。
「朝廷も、織田家では天下を差配することはできないとなれば、それこそ大坂や毛利、武田や上杉らと気脈を通じ、これを勢いづけましょう。また、荒木や別所のように裏を返すものもいようかと………………」
「〝猿〟や、羽林(家康)のようにか?」
十兵衛は、答えない。
代わりに信包が口を開く。
「すでに、徳川と北条は手を結び、六万近い兵を黄瀬川の東 ―― 三島に陣取り、これに武田も対抗し、三枚橋にまで兵を進めておるとか」
「そこまで?」
信盛と十兵衛は、表情を曇らせる。
「鷹をもらったことで、儂が同盟を許したと思ったかのう?」
「鷹を突き返しますか?」
「いまさら………………、右衛門尉は、如何様に思う?」、殿は信盛に尋ねる、「そなたは、むかしから三州のことに詳しいであろう? 羽林は、如何に動くか?」
「もとより、三河松平は松平郷の国人 ―― 清和源氏の新田氏から分かれた世良田氏の流れ………………といいまするが、まあ、そこは如何とも………………」
まあ、みな己の家柄を誇ろうと、武家の由縁ほど当てにならないものはないが。
1
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる