本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
409 / 498
第五章「盲愛の寺」

22

しおりを挟む
 秀吉は、最後までことを終えた。

 終えると、急に慌てだした。

「な、な、中西殿、こ、これは……、そ、その………………」

 萎んだあれを剥き出しにしたまま、がばりと頭を床につけた。

「も、申し訳ござりませぬ。このことは、何卒、何卒、大殿にはご内密に」

 大の男が、涙ながらに訴えてくる。

「織田家から追放どころか、この首がちょん切られてしまいまする。それだけは、それだけは何卒………………、某には妻がおり、郎党中間がおりまする。某が死ねば、これらが路頭に迷いまする、それだけは何卒………………」

 追放であれば、まだ再起をかけられようが、死ねば花実も咲くものか………………か。

 そこまで妻や家来らのことを考えているのなら、何故斯様なことをするのか?

 秀吉には、そういうところが見られる。

 本人が良かれと思ってやっているのだろうが、やりすぎるというか、それこそ殿が言う『出過ぎた真似を』である。

 女房を『糟糠の妻』と敬っていても、良き女を見ると、鼻の下を伸ばし、手を出してしまう。

 抑えが効かないというか、思ったことをすぐにしないと落ち着かないというか………………

 まあ、そういうところが、秀吉らしいのだが。

 さて、どうするか………………この一件、殿に注進するか………………それとも、黙っておくか。

 言えば、秀吉の首が飛ぶのは目に見えている。

 だからといって、殿に黙っておくわけにはいくまい。

 太若丸は、殿の小姓である ―― つまり、殿のものに手を出したことになる。

 これは、謀反ととられても、言い訳はできまい。

 さすれば、『織田家いちの働きもの』と巷では見られている秀吉が消え、織田家内での十兵衛の立場が有利なるのでは?

 いや、逆にここで秀吉を助ければ、恩を着せることができる。

 十兵衛が天下を取ったときに、家臣として手助けしてくれるのではないか?

 秀吉は、百姓の倅であるが、武人としての力量は十分だ、ひとを誑し込む能力もある ―― これを上手く使わない手はない。

 逆に、十兵衛は他人の懐に飛び込むことが苦手なようだ。

 土産や金品を使って、殿の小姓連中に機嫌を取ることもない。

 秀吉は、これを平気でやる。

 必要とあらば、相手がどんな低い身分でも、たとえ赤ん坊でも頭を下げる ―― そんな男だ。

 太若丸は、秀吉の頼みに頷いた。

「ま、まことでござりまするか?」

 にこりと微笑む。

「ああ、あり難き幸せ。このご恩、決して忘れはいたしませぬ。中西殿に何かござりましたら、この筑前、何もを差し置いて駆けつけましょうぞ」

 この真剣な顔つきに、他人は誑かされるのだろう ―― 信忠も。

 そのときは、お願いいたしますと伝え、さらに殿も気が立っておられるので、しばらくときを置けば、落ち着かれよう、さすれば三木城に対するのは羽柴様以外にはいないのだから、きっとこの一件、お許しになるでしょう、それまで播磨で十分にお働きになってください………………と、続けた。

「畏まりました、大殿のために、いえ、中西殿のために、一生懸命働きましょうぞ。ですから、この一件は何卒………………」

 もちろんと頷いた。

 秀吉は、ぺこぺこと頭を下げながら、帰っていった………………袴が引き下がったままなので、転びそうになっていたが。

 これで、十兵衛が天下を差配するときの味方がひとり増えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。 その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。 姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...