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第五章「盲愛の寺」
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秀吉は、最後までことを終えた。
終えると、急に慌てだした。
「な、な、中西殿、こ、これは……、そ、その………………」
萎んだあれを剥き出しにしたまま、がばりと頭を床につけた。
「も、申し訳ござりませぬ。このことは、何卒、何卒、大殿にはご内密に」
大の男が、涙ながらに訴えてくる。
「織田家から追放どころか、この首がちょん切られてしまいまする。それだけは、それだけは何卒………………、某には妻がおり、郎党中間がおりまする。某が死ねば、これらが路頭に迷いまする、それだけは何卒………………」
追放であれば、まだ再起をかけられようが、死ねば花実も咲くものか………………か。
そこまで妻や家来らのことを考えているのなら、何故斯様なことをするのか?
秀吉には、そういうところが見られる。
本人が良かれと思ってやっているのだろうが、やりすぎるというか、それこそ殿が言う『出過ぎた真似を』である。
女房を『糟糠の妻』と敬っていても、良き女を見ると、鼻の下を伸ばし、手を出してしまう。
抑えが効かないというか、思ったことをすぐにしないと落ち着かないというか………………
まあ、そういうところが、秀吉らしいのだが。
さて、どうするか………………この一件、殿に注進するか………………それとも、黙っておくか。
言えば、秀吉の首が飛ぶのは目に見えている。
だからといって、殿に黙っておくわけにはいくまい。
太若丸は、殿の小姓である ―― つまり、殿のものに手を出したことになる。
これは、謀反ととられても、言い訳はできまい。
さすれば、『織田家いちの働きもの』と巷では見られている秀吉が消え、織田家内での十兵衛の立場が有利なるのでは?
いや、逆にここで秀吉を助ければ、恩を着せることができる。
十兵衛が天下を取ったときに、家臣として手助けしてくれるのではないか?
秀吉は、百姓の倅であるが、武人としての力量は十分だ、ひとを誑し込む能力もある ―― これを上手く使わない手はない。
逆に、十兵衛は他人の懐に飛び込むことが苦手なようだ。
土産や金品を使って、殿の小姓連中に機嫌を取ることもない。
秀吉は、これを平気でやる。
必要とあらば、相手がどんな低い身分でも、たとえ赤ん坊でも頭を下げる ―― そんな男だ。
太若丸は、秀吉の頼みに頷いた。
「ま、まことでござりまするか?」
にこりと微笑む。
「ああ、あり難き幸せ。このご恩、決して忘れはいたしませぬ。中西殿に何かござりましたら、この筑前、何もを差し置いて駆けつけましょうぞ」
この真剣な顔つきに、他人は誑かされるのだろう ―― 信忠も。
そのときは、お願いいたしますと伝え、さらに殿も気が立っておられるので、しばらくときを置けば、落ち着かれよう、さすれば三木城に対するのは羽柴様以外にはいないのだから、きっとこの一件、お許しになるでしょう、それまで播磨で十分にお働きになってください………………と、続けた。
「畏まりました、大殿のために、いえ、中西殿のために、一生懸命働きましょうぞ。ですから、この一件は何卒………………」
もちろんと頷いた。
秀吉は、ぺこぺこと頭を下げながら、帰っていった………………袴が引き下がったままなので、転びそうになっていたが。
これで、十兵衛が天下を差配するときの味方がひとり増えた。
終えると、急に慌てだした。
「な、な、中西殿、こ、これは……、そ、その………………」
萎んだあれを剥き出しにしたまま、がばりと頭を床につけた。
「も、申し訳ござりませぬ。このことは、何卒、何卒、大殿にはご内密に」
大の男が、涙ながらに訴えてくる。
「織田家から追放どころか、この首がちょん切られてしまいまする。それだけは、それだけは何卒………………、某には妻がおり、郎党中間がおりまする。某が死ねば、これらが路頭に迷いまする、それだけは何卒………………」
追放であれば、まだ再起をかけられようが、死ねば花実も咲くものか………………か。
そこまで妻や家来らのことを考えているのなら、何故斯様なことをするのか?
秀吉には、そういうところが見られる。
本人が良かれと思ってやっているのだろうが、やりすぎるというか、それこそ殿が言う『出過ぎた真似を』である。
女房を『糟糠の妻』と敬っていても、良き女を見ると、鼻の下を伸ばし、手を出してしまう。
抑えが効かないというか、思ったことをすぐにしないと落ち着かないというか………………
まあ、そういうところが、秀吉らしいのだが。
さて、どうするか………………この一件、殿に注進するか………………それとも、黙っておくか。
言えば、秀吉の首が飛ぶのは目に見えている。
だからといって、殿に黙っておくわけにはいくまい。
太若丸は、殿の小姓である ―― つまり、殿のものに手を出したことになる。
これは、謀反ととられても、言い訳はできまい。
さすれば、『織田家いちの働きもの』と巷では見られている秀吉が消え、織田家内での十兵衛の立場が有利なるのでは?
いや、逆にここで秀吉を助ければ、恩を着せることができる。
十兵衛が天下を取ったときに、家臣として手助けしてくれるのではないか?
秀吉は、百姓の倅であるが、武人としての力量は十分だ、ひとを誑し込む能力もある ―― これを上手く使わない手はない。
逆に、十兵衛は他人の懐に飛び込むことが苦手なようだ。
土産や金品を使って、殿の小姓連中に機嫌を取ることもない。
秀吉は、これを平気でやる。
必要とあらば、相手がどんな低い身分でも、たとえ赤ん坊でも頭を下げる ―― そんな男だ。
太若丸は、秀吉の頼みに頷いた。
「ま、まことでござりまするか?」
にこりと微笑む。
「ああ、あり難き幸せ。このご恩、決して忘れはいたしませぬ。中西殿に何かござりましたら、この筑前、何もを差し置いて駆けつけましょうぞ」
この真剣な顔つきに、他人は誑かされるのだろう ―― 信忠も。
そのときは、お願いいたしますと伝え、さらに殿も気が立っておられるので、しばらくときを置けば、落ち着かれよう、さすれば三木城に対するのは羽柴様以外にはいないのだから、きっとこの一件、お許しになるでしょう、それまで播磨で十分にお働きになってください………………と、続けた。
「畏まりました、大殿のために、いえ、中西殿のために、一生懸命働きましょうぞ。ですから、この一件は何卒………………」
もちろんと頷いた。
秀吉は、ぺこぺこと頭を下げながら、帰っていった………………袴が引き下がったままなので、転びそうになっていたが。
これで、十兵衛が天下を差配するときの味方がひとり増えた。
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