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第五章「盲愛の寺」
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「しかし、徳川殿が左様な思い切ったことをなされようとは………………」
十兵衛も、先ほどまでの誇らしい顔を、すでに顰めている。
「十兵衛よ、三郎殿を廃するということは、どういうことじゃ?」
「大殿と………………縁を切る………………と、思われてもしかたがございませぬ」
「羽林殿は、そうはいっておらんぞ。築山殿や三郎殿の所業に、儂に顔向けができぬと詫びの書状を寄こしておる」
「表向きは………………」
殿は立ち上がり、縁台へと出る。
外は、内とは違ってよい空だ。
眩しそうに見上げながら、
「やれやれ、〝猿〟も裏切り、別所も裏切り、摂津(荒木村重)も裏切ったかと思ったら、今度は徳川もか………………」
まだ、裏切ったとは限らない。
ちなみに、〝猿〟こと羽柴秀吉も裏切ったわけではない、単に殿がそう思っているだけだと思うのだが………………
「修理亮(柴田勝家)は北陸を攻めておるが、なかなか進まず………………」
九日に加賀まで侵出したが、阿多賀・本折・小松一帯を焼き払い、刈田を行って帰陣。
「右衛門尉(佐久間信盛)も大坂を囲むも、兵糧も尽きず………………」
息子の信栄とともに、大軍をもって一向門徒の牙城たる大阪本願寺を囲んで、はや三年、これも遅々として進まず………………信盛を擁護していえば、織田家臣団の筆頭格として、他への助太刀として借りだされることが多いのだが………………
「有岡も、三木も、取り囲んだまま動きなし………………」
有岡城は、連枝衆を中心に、滝川一益や惟住(丹羽)長秀らが、三木城は秀吉が囲んだまま、膠着状態。
「息子らは、〝ぼんくら〟ばかり………………」
殿は大きなため息を吐く。
「その中で唯一ことを成し遂げたのは、十兵衛、おぬしだけだぞ」
「まだまだ、すべての城を落としたというわけではござりませぬが………………」
確かに、他の武将がもたついている間に、両丹を収めてしまった………………まだ幾つかの敵城は残っているが………………たかが丹波・丹後など、某ならば半月もかからず落としてみせるわ………………と、裏で豪語するものらもいたが、〝たかが〟ではない、〝あの〟丹波・丹後を攻め落としたのだ。
家臣団の中で、頭ひとつ突き抜けた状況だ。
「頼りになるのは、おぬしだけじゃ、十兵衛」
「恐れ入りまする。されど、これから続々とよき報せがくることでございましょう」
「いやはや、さてさて……、極楽浄土を作れるのは、いつになるやら………………、その前に、儂が地獄に落ちるわい」
「お戯れを」
殿は苦笑する。
「それはともかく、あらためて両丹の平定、ご苦労。あと少々ではあるが、いまはしばし休み、両国の差配に勤しめ。その後は、さらに西に進んでもらうつもりじゃからな」
「畏まり候」
十兵衛は、深々と頭をさげる。
「いや、西ではなく……、ことによっては天下の差配を任せるやもしれぬからな」
十兵衛が、はっと顔をあげる。
目の前には、にんまりと笑った殿の顔。
十兵衛も、にこりと笑って、再び頭を下げた。
十兵衛も、先ほどまでの誇らしい顔を、すでに顰めている。
「十兵衛よ、三郎殿を廃するということは、どういうことじゃ?」
「大殿と………………縁を切る………………と、思われてもしかたがございませぬ」
「羽林殿は、そうはいっておらんぞ。築山殿や三郎殿の所業に、儂に顔向けができぬと詫びの書状を寄こしておる」
「表向きは………………」
殿は立ち上がり、縁台へと出る。
外は、内とは違ってよい空だ。
眩しそうに見上げながら、
「やれやれ、〝猿〟も裏切り、別所も裏切り、摂津(荒木村重)も裏切ったかと思ったら、今度は徳川もか………………」
まだ、裏切ったとは限らない。
ちなみに、〝猿〟こと羽柴秀吉も裏切ったわけではない、単に殿がそう思っているだけだと思うのだが………………
「修理亮(柴田勝家)は北陸を攻めておるが、なかなか進まず………………」
九日に加賀まで侵出したが、阿多賀・本折・小松一帯を焼き払い、刈田を行って帰陣。
「右衛門尉(佐久間信盛)も大坂を囲むも、兵糧も尽きず………………」
息子の信栄とともに、大軍をもって一向門徒の牙城たる大阪本願寺を囲んで、はや三年、これも遅々として進まず………………信盛を擁護していえば、織田家臣団の筆頭格として、他への助太刀として借りだされることが多いのだが………………
「有岡も、三木も、取り囲んだまま動きなし………………」
有岡城は、連枝衆を中心に、滝川一益や惟住(丹羽)長秀らが、三木城は秀吉が囲んだまま、膠着状態。
「息子らは、〝ぼんくら〟ばかり………………」
殿は大きなため息を吐く。
「その中で唯一ことを成し遂げたのは、十兵衛、おぬしだけだぞ」
「まだまだ、すべての城を落としたというわけではござりませぬが………………」
確かに、他の武将がもたついている間に、両丹を収めてしまった………………まだ幾つかの敵城は残っているが………………たかが丹波・丹後など、某ならば半月もかからず落としてみせるわ………………と、裏で豪語するものらもいたが、〝たかが〟ではない、〝あの〟丹波・丹後を攻め落としたのだ。
家臣団の中で、頭ひとつ突き抜けた状況だ。
「頼りになるのは、おぬしだけじゃ、十兵衛」
「恐れ入りまする。されど、これから続々とよき報せがくることでございましょう」
「いやはや、さてさて……、極楽浄土を作れるのは、いつになるやら………………、その前に、儂が地獄に落ちるわい」
「お戯れを」
殿は苦笑する。
「それはともかく、あらためて両丹の平定、ご苦労。あと少々ではあるが、いまはしばし休み、両国の差配に勤しめ。その後は、さらに西に進んでもらうつもりじゃからな」
「畏まり候」
十兵衛は、深々と頭をさげる。
「いや、西ではなく……、ことによっては天下の差配を任せるやもしれぬからな」
十兵衛が、はっと顔をあげる。
目の前には、にんまりと笑った殿の顔。
十兵衛も、にこりと笑って、再び頭を下げた。
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