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第五章「盲愛の寺」
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「申し開きもないとは……、これがまことであると認めるということか?」
忠次、信昌はただ頭をさげるばかり。
「左様か……、まあ、夫や姑との仲のことゆえ、あまり口を出しとうはないが………………、もう少し仲睦じくやってくれれば、父親としても安心じゃし、織田家と徳川家の縁も、より強固に深まろうというもの」
「左は重々承知いたし候」
「後継ぎ夫婦がそれでは、羽林殿も心中如何ばかりなものか?」
「恐れ入りまする」
「徳川家がそれでは、儂もおちおち寝ておられんでのう」
忠次は、思い切ったように口を開いた。
「されば、右府様に、お伝えしたき義がございまする」
殿は、先を促す。
「昨今、岡崎殿(信康)と築山殿によからぬ噂があり」
「ほう、それは如何様な?」
殿は、知っていながら、まさにいま聞いたとばかりな顔をする。
「お二方が、武田と内通しているのではないかと………………」
「そは面妖な!」
あまりの驚きように、太若丸は思わず噴き出しそうになった。
殿は、ちらっと太若丸に視線を寄こし、忠次らに分らぬようににやりと笑う。
「某らも左様に思い、よくよく調べさせておりまするが、これがまことのようで……………」
「うむ、で?」
「はっ?」
「羽林殿は、如何様にしたいと?」
「それを右府様より、ご下命いただきたいと………………」
「儂がか?」、殿は苦笑いする、「いやいや、それは家内の話、儂が口を出すことではあるまい」
「されど、岡崎殿は右府様の娘婿、しかも武田と内通となりますると………………」
「なるほど、武田と通ずるのはまずいか……………、さりとて、北条につくのもいかがであろうか?」
忠次が、ぎょっと目を見開く。
「まあ、羽林殿がいずれをとるかは任せるが……、仮に北条につくならば………………、三郎殿は如何にする? 外すか?」
忠次は、殿から視線を外し、頭を下げる。
「左様か………………」
家康の心は決まっているようだ ―― 武田と縁を結ぼうとしている嫡男信康を廃嫡し、北条と手を結ぶと………………
徳川家が生き残るには、それしかないと考えたのであろう………………まあ、武田とは領地争いであれだけ散々戦をしてきたのだ、手を結ぶことはないか………………というよりも、面倒くさい三河武士と言われる家臣たちが許さぬか?
となると、信康についている家臣たちも、北条につくとなれば一筋縄ではいかぬと思うが………………
さらに信康は、殿の娘婿、しかもその諱の一字〝信〟を信長からもらっている、いわば烏帽子親でもある。
これを廃するには、もちろん殿の許しが必要だ。
仮に殿が『そうせよ』といえば、お墨付きをいただいたと、家康としては、直参の家臣たちにも信康の家臣たちにも、世間にも顔が立つだろうし、正々堂々と信康を廃することができよう。
それを知ってか知らずか……、いや、殿はそれを重々承知の上で、
「羽林殿の思いのままに」
と、なんとも曖昧な返答をした。
「それは……、御許しを得たと、主に伝えてもよろしきや?」
「羽林殿のままにじゃ」、殿はにこりと笑って、「此度は大儀!」と、席を立った。
忠次と信昌は、なんとも複雑な顔をしていた。
忠次、信昌はただ頭をさげるばかり。
「左様か……、まあ、夫や姑との仲のことゆえ、あまり口を出しとうはないが………………、もう少し仲睦じくやってくれれば、父親としても安心じゃし、織田家と徳川家の縁も、より強固に深まろうというもの」
「左は重々承知いたし候」
「後継ぎ夫婦がそれでは、羽林殿も心中如何ばかりなものか?」
「恐れ入りまする」
「徳川家がそれでは、儂もおちおち寝ておられんでのう」
忠次は、思い切ったように口を開いた。
「されば、右府様に、お伝えしたき義がございまする」
殿は、先を促す。
「昨今、岡崎殿(信康)と築山殿によからぬ噂があり」
「ほう、それは如何様な?」
殿は、知っていながら、まさにいま聞いたとばかりな顔をする。
「お二方が、武田と内通しているのではないかと………………」
「そは面妖な!」
あまりの驚きように、太若丸は思わず噴き出しそうになった。
殿は、ちらっと太若丸に視線を寄こし、忠次らに分らぬようににやりと笑う。
「某らも左様に思い、よくよく調べさせておりまするが、これがまことのようで……………」
「うむ、で?」
「はっ?」
「羽林殿は、如何様にしたいと?」
「それを右府様より、ご下命いただきたいと………………」
「儂がか?」、殿は苦笑いする、「いやいや、それは家内の話、儂が口を出すことではあるまい」
「されど、岡崎殿は右府様の娘婿、しかも武田と内通となりますると………………」
「なるほど、武田と通ずるのはまずいか……………、さりとて、北条につくのもいかがであろうか?」
忠次が、ぎょっと目を見開く。
「まあ、羽林殿がいずれをとるかは任せるが……、仮に北条につくならば………………、三郎殿は如何にする? 外すか?」
忠次は、殿から視線を外し、頭を下げる。
「左様か………………」
家康の心は決まっているようだ ―― 武田と縁を結ぼうとしている嫡男信康を廃嫡し、北条と手を結ぶと………………
徳川家が生き残るには、それしかないと考えたのであろう………………まあ、武田とは領地争いであれだけ散々戦をしてきたのだ、手を結ぶことはないか………………というよりも、面倒くさい三河武士と言われる家臣たちが許さぬか?
となると、信康についている家臣たちも、北条につくとなれば一筋縄ではいかぬと思うが………………
さらに信康は、殿の娘婿、しかもその諱の一字〝信〟を信長からもらっている、いわば烏帽子親でもある。
これを廃するには、もちろん殿の許しが必要だ。
仮に殿が『そうせよ』といえば、お墨付きをいただいたと、家康としては、直参の家臣たちにも信康の家臣たちにも、世間にも顔が立つだろうし、正々堂々と信康を廃することができよう。
それを知ってか知らずか……、いや、殿はそれを重々承知の上で、
「羽林殿の思いのままに」
と、なんとも曖昧な返答をした。
「それは……、御許しを得たと、主に伝えてもよろしきや?」
「羽林殿のままにじゃ」、殿はにこりと笑って、「此度は大儀!」と、席を立った。
忠次と信昌は、なんとも複雑な顔をしていた。
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