本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
402 / 498
第五章「盲愛の寺」

15

しおりを挟む
「申し開きもないとは……、これがまことであると認めるということか?」

 忠次、信昌はただ頭をさげるばかり。

「左様か……、まあ、夫や姑との仲のことゆえ、あまり口を出しとうはないが………………、もう少し仲睦じくやってくれれば、父親としても安心じゃし、織田家と徳川家の縁も、より強固に深まろうというもの」

「左は重々承知いたし候」

「後継ぎ夫婦がそれでは、羽林殿も心中如何ばかりなものか?」

「恐れ入りまする」

「徳川家がそれでは、儂もおちおち寝ておられんでのう」

 忠次は、思い切ったように口を開いた。

「されば、右府様に、お伝えしたき義がございまする」

 殿は、先を促す。

「昨今、岡崎殿(信康)と築山殿によからぬ噂があり」

「ほう、それは如何様な?」

 殿は、知っていながら、まさにいま聞いたとばかりな顔をする。

「お二方が、武田と内通しているのではないかと………………」

「そは面妖な!」

 あまりの驚きように、太若丸は思わず噴き出しそうになった。

 殿は、ちらっと太若丸に視線を寄こし、忠次らに分らぬようににやりと笑う。

「某らも左様に思い、よくよく調べさせておりまするが、これがまことのようで……………」

「うむ、で?」

「はっ?」

「羽林殿は、如何様にしたいと?」

「それを右府様より、ご下命いただきたいと………………」

「儂がか?」、殿は苦笑いする、「いやいや、それは家内の話、儂が口を出すことではあるまい」

「されど、岡崎殿は右府様の娘婿、しかも武田と内通となりますると………………」

「なるほど、武田と通ずるのはまずいか……………、さりとて、北条につくのもいかがであろうか?」

 忠次が、ぎょっと目を見開く。

「まあ、羽林殿がいずれをとるかは任せるが……、仮に北条につくならば………………、三郎殿は如何にする? 外すか?」

 忠次は、殿から視線を外し、頭を下げる。

「左様か………………」

 家康の心は決まっているようだ ―― 武田と縁を結ぼうとしている嫡男信康を廃嫡し、北条と手を結ぶと………………

 徳川家が生き残るには、それしかないと考えたのであろう………………まあ、武田とは領地争いであれだけ散々戦をしてきたのだ、手を結ぶことはないか………………というよりも、面倒くさい三河武士と言われる家臣たちが許さぬか?

 となると、信康についている家臣たちも、北条につくとなれば一筋縄ではいかぬと思うが………………

 さらに信康は、殿の娘婿、しかもその諱の一字〝信〟を信長からもらっている、いわば烏帽子親でもある。

 これを廃するには、もちろん殿の許しが必要だ。

 仮に殿が『そうせよ』といえば、お墨付きをいただいたと、家康としては、直参の家臣たちにも信康の家臣たちにも、世間にも顔が立つだろうし、正々堂々と信康を廃することができよう。

 それを知ってか知らずか……、いや、殿はそれを重々承知の上で、

「羽林殿の思いのままに」

 と、なんとも曖昧な返答をした。

「それは……、御許しを得たと、主に伝えてもよろしきや?」

「羽林殿のままにじゃ」、殿はにこりと笑って、「此度は大儀!」と、席を立った。

 忠次と信昌は、なんとも複雑な顔をしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。 その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。 姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...