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第五章「盲愛の寺」
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重元の旧宅 ―― 現秀一の屋敷は、黒金門を入ったすぐ左手にある。
先ほど階段を駆け下りた長頼は、本丸取付の北側に屋敷があり、本丸の東にこれまた近習の堀久太郎秀政の屋敷がある。
みな小姓あがり ―― 太若丸の先輩である。
要は、殿が好きな、それでいて信頼できるものたちを近くに置いているのだ。
殿は、また絵図に視線を移し、
「乱、三介の名を消せ!」
と、厳しい口調で言った。
乱は、『北畠様』の上にバツ印を入れた。
「代わりに、太若丸、おぬしにここをやる」と、大手門前の屋敷を指し示す、「反対側は、乱丸にやる」
それを聞いて、乱はひどく喜んでいる。
「嬉しゅうござりまする」
と、殿に抱き着き、いまにも接吻をするような勢い。
それを太若丸が遮った ―― ありがたきことですが、お受けしかねると………………
「なぜに?」
某らは、まだ菅屋様や長谷川様、堀様らのような働きはしていないと………………
「働きならば、これだけで十分ではないか」
と、殿は乱の下腹部を弄る。
乱は、「殿、擽っとうござりまする」と言いながらも、艶めかしく腰を動かしている。
大手門の前とは、いわば敵が攻め寄せてきたときに、第一に防がねばならぬ、要となる場所 ―― そこに、まだ非力なふたりを置いても致し方ないであろう。
そこは別の方にあてがいくだされ、某は殿の御傍で十分ですので………………と、断った。
「うむ、儂の傍が一番か? 愛いやつめ」
殿は、にんまりと答える。
「乱丸はどうする?」
乱は、物欲しそうな顔であったが、先輩の太若丸が断っては、己のみがもらうわけにもいくまい。
「某も、殿の御傍が一番でござりまする」とはいったものの、「ただ、よろしければ、御屋敷もいただきとうござりまする」
なんと欲深い。
「うむ、どこがいい?」
乱が指さしたのは、長谷川秀一の屋敷よりも一段下がった場所 ―― 津田信澄(信長の甥)の隣である。
殿の側近に近く、さらに織田家の血縁である連枝衆にも近い………………これは、己もそれと同様な立場であるということか?
なんと傲慢な!
しかし殿は、
「うむ、良いぞ! やるやる! 好きにせい!」
と、まるで犬に骨でもやるように、ぽいっと渡してしまった。
「その代わり、おぬしを好きにするぞ」
と、殿は乱を押し倒し、その体を貪り始める。
乱は、きゃあきゃあとまるで女のような声を上げながら、殿の行為を受ける。
ちらっとこちらに視線を寄こす。
その勝ち誇ったような目………………太若丸も負けじと殿に覆いかぶさる。
「おお、太若丸もか」
殿は喜び、太若丸と乱の体を交互に堪能し始めた。
満足した殿が寝息を掻き始めると、添い寝していた乱が太若丸の耳元で囁いた。
「太若丸様は、なぜお屋敷をもらわなかったのですか?」
なぜって………………?
逆に、乱はなぜもらったのかと問うた。
「なぜって……」、乱はにんまりと笑う、「武士であれば、己の屋敷が欲しくなるのは、当たり前ではございませんか?」
ああ、そうか、乱は武士の子、吾は百姓の子………………生まれが違う………………考え方が違うのだ。
「某は、もっと、もっと殿のお役に立って、もっと、もっと大きなお城をもらうのです」
それは、大仰な………………
「そうしたら……」、乱が太若丸の耳にまるで口づけするように近づけ、熱い息を吹きかける、「太若丸様、ご一緒に住みましょう」
ぎゅっと手を握ってきた。
思わず、手を払いのけてしまった………………なぜ、吾がそなたと?
「某とは嫌ですか?」
嫌とか、そういう話ではなく………………
「それとも、惟任(明智光秀)様のほうがよろしいですか?」
な、なにを?
「某、妬いてしまいます」
ぷいっと背中を向けてしまった。
こやつは………………いったい何を言っているのだ?
―― 吾と一緒に住む?
十兵衛(光秀)のほうが良いのかだと?
もちろん、十兵衛の方が良いに決まっているではないか!
吾は、そのために生きている。
十兵衛が天下人になるために、殿に尽くしている。
そして、十兵衛が天下人となり、大きな城に住むようになったとき、その傍にいるのは吾なのだ!
軒に出ると、夜風に風鐸がからからと鳴っている。
雲が重く垂れこめ、月はない。
淡海を行き交う舟も少ない。
この向こうに十兵衛の城 ―― 坂本がある。
十兵衛様………………太若丸は、いつか彼の背中を見送ったときのように、ずっとその城がある方を見続けた。
先ほど階段を駆け下りた長頼は、本丸取付の北側に屋敷があり、本丸の東にこれまた近習の堀久太郎秀政の屋敷がある。
みな小姓あがり ―― 太若丸の先輩である。
要は、殿が好きな、それでいて信頼できるものたちを近くに置いているのだ。
殿は、また絵図に視線を移し、
「乱、三介の名を消せ!」
と、厳しい口調で言った。
乱は、『北畠様』の上にバツ印を入れた。
「代わりに、太若丸、おぬしにここをやる」と、大手門前の屋敷を指し示す、「反対側は、乱丸にやる」
それを聞いて、乱はひどく喜んでいる。
「嬉しゅうござりまする」
と、殿に抱き着き、いまにも接吻をするような勢い。
それを太若丸が遮った ―― ありがたきことですが、お受けしかねると………………
「なぜに?」
某らは、まだ菅屋様や長谷川様、堀様らのような働きはしていないと………………
「働きならば、これだけで十分ではないか」
と、殿は乱の下腹部を弄る。
乱は、「殿、擽っとうござりまする」と言いながらも、艶めかしく腰を動かしている。
大手門の前とは、いわば敵が攻め寄せてきたときに、第一に防がねばならぬ、要となる場所 ―― そこに、まだ非力なふたりを置いても致し方ないであろう。
そこは別の方にあてがいくだされ、某は殿の御傍で十分ですので………………と、断った。
「うむ、儂の傍が一番か? 愛いやつめ」
殿は、にんまりと答える。
「乱丸はどうする?」
乱は、物欲しそうな顔であったが、先輩の太若丸が断っては、己のみがもらうわけにもいくまい。
「某も、殿の御傍が一番でござりまする」とはいったものの、「ただ、よろしければ、御屋敷もいただきとうござりまする」
なんと欲深い。
「うむ、どこがいい?」
乱が指さしたのは、長谷川秀一の屋敷よりも一段下がった場所 ―― 津田信澄(信長の甥)の隣である。
殿の側近に近く、さらに織田家の血縁である連枝衆にも近い………………これは、己もそれと同様な立場であるということか?
なんと傲慢な!
しかし殿は、
「うむ、良いぞ! やるやる! 好きにせい!」
と、まるで犬に骨でもやるように、ぽいっと渡してしまった。
「その代わり、おぬしを好きにするぞ」
と、殿は乱を押し倒し、その体を貪り始める。
乱は、きゃあきゃあとまるで女のような声を上げながら、殿の行為を受ける。
ちらっとこちらに視線を寄こす。
その勝ち誇ったような目………………太若丸も負けじと殿に覆いかぶさる。
「おお、太若丸もか」
殿は喜び、太若丸と乱の体を交互に堪能し始めた。
満足した殿が寝息を掻き始めると、添い寝していた乱が太若丸の耳元で囁いた。
「太若丸様は、なぜお屋敷をもらわなかったのですか?」
なぜって………………?
逆に、乱はなぜもらったのかと問うた。
「なぜって……」、乱はにんまりと笑う、「武士であれば、己の屋敷が欲しくなるのは、当たり前ではございませんか?」
ああ、そうか、乱は武士の子、吾は百姓の子………………生まれが違う………………考え方が違うのだ。
「某は、もっと、もっと殿のお役に立って、もっと、もっと大きなお城をもらうのです」
それは、大仰な………………
「そうしたら……」、乱が太若丸の耳にまるで口づけするように近づけ、熱い息を吹きかける、「太若丸様、ご一緒に住みましょう」
ぎゅっと手を握ってきた。
思わず、手を払いのけてしまった………………なぜ、吾がそなたと?
「某とは嫌ですか?」
嫌とか、そういう話ではなく………………
「それとも、惟任(明智光秀)様のほうがよろしいですか?」
な、なにを?
「某、妬いてしまいます」
ぷいっと背中を向けてしまった。
こやつは………………いったい何を言っているのだ?
―― 吾と一緒に住む?
十兵衛(光秀)のほうが良いのかだと?
もちろん、十兵衛の方が良いに決まっているではないか!
吾は、そのために生きている。
十兵衛が天下人になるために、殿に尽くしている。
そして、十兵衛が天下人となり、大きな城に住むようになったとき、その傍にいるのは吾なのだ!
軒に出ると、夜風に風鐸がからからと鳴っている。
雲が重く垂れこめ、月はない。
淡海を行き交う舟も少ない。
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