本能寺燃ゆ

hiro75

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第五章「盲愛の寺」

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 重元の旧宅 ―― 現秀一の屋敷は、黒金門を入ったすぐ左手にある。

 先ほど階段を駆け下りた長頼は、本丸取付の北側に屋敷があり、本丸の東にこれまた近習の堀久太郎秀政ほりきゅうたろうひでまさの屋敷がある。

 みな小姓あがり ―― 太若丸の先輩である。

 要は、殿が好きな、それでいて信頼できるものたちを近くに置いているのだ。

 殿は、また絵図に視線を移し、

「乱、三介の名を消せ!」

 と、厳しい口調で言った。

 乱は、『北畠様』の上にバツ印を入れた。

「代わりに、太若丸、おぬしにここをやる」と、大手門前の屋敷を指し示す、「反対側は、乱丸にやる」

 それを聞いて、乱はひどく喜んでいる。

「嬉しゅうござりまする」

 と、殿に抱き着き、いまにも接吻をするような勢い。

 それを太若丸が遮った ―― ありがたきことですが、お受けしかねると………………

「なぜに?」

 某らは、まだ菅屋様や長谷川様、堀様らのような働きはしていないと………………

「働きならば、これだけで十分ではないか」

 と、殿は乱の下腹部を弄る。

 乱は、「殿、擽っとうござりまする」と言いながらも、艶めかしく腰を動かしている。

 大手門の前とは、いわば敵が攻め寄せてきたときに、第一に防がねばならぬ、要となる場所 ―― そこに、まだ非力なふたりを置いても致し方ないであろう。

 そこは別の方にあてがいくだされ、某は殿の御傍で十分ですので………………と、断った。

「うむ、儂の傍が一番か? 愛いやつめ」

 殿は、にんまりと答える。

「乱丸はどうする?」

 乱は、物欲しそうな顔であったが、先輩の太若丸が断っては、己のみがもらうわけにもいくまい。

「某も、殿の御傍が一番でござりまする」とはいったものの、「ただ、よろしければ、御屋敷もいただきとうござりまする」

 なんと欲深い。

「うむ、どこがいい?」

 乱が指さしたのは、長谷川秀一の屋敷よりも一段下がった場所 ―― 津田信澄つだのぶすみ(信長の甥)の隣である。

 殿の側近に近く、さらに織田家の血縁である連枝衆にも近い………………これは、己もそれと同様な立場であるということか?

 なんと傲慢な!

 しかし殿は、

「うむ、良いぞ! やるやる! 好きにせい!」

 と、まるで犬に骨でもやるように、ぽいっと渡してしまった。

「その代わり、おぬしを好きにするぞ」

 と、殿は乱を押し倒し、その体を貪り始める。

 乱は、きゃあきゃあとまるで女のような声を上げながら、殿の行為を受ける。

 ちらっとこちらに視線を寄こす。

 その勝ち誇ったような目………………太若丸も負けじと殿に覆いかぶさる。

「おお、太若丸もか」

 殿は喜び、太若丸と乱の体を交互に堪能し始めた。

 満足した殿が寝息を掻き始めると、添い寝していた乱が太若丸の耳元で囁いた。

「太若丸様は、なぜお屋敷をもらわなかったのですか?」

 なぜって………………?

 逆に、乱はなぜもらったのかと問うた。

「なぜって……」、乱はにんまりと笑う、「武士であれば、己の屋敷が欲しくなるのは、当たり前ではございませんか?」

 ああ、そうか、乱は武士の子、吾は百姓の子………………生まれが違う………………考え方が違うのだ。

「某は、もっと、もっと殿のお役に立って、もっと、もっと大きなお城をもらうのです」

 それは、大仰な………………

「そうしたら……」、乱が太若丸の耳にまるで口づけするように近づけ、熱い息を吹きかける、「太若丸様、ご一緒に住みましょう」

 ぎゅっと手を握ってきた。

 思わず、手を払いのけてしまった………………なぜ、吾がそなたと?

「某とは嫌ですか?」

 嫌とか、そういう話ではなく………………

「それとも、惟任これとう明智光秀あけちみつひで)様のほうがよろしいですか?」

 な、なにを?

「某、妬いてしまいます」

 ぷいっと背中を向けてしまった。

 こやつは………………いったい何を言っているのだ?

 ―― 吾と一緒に住む?

   十兵衛(光秀)のほうが良いのかだと?

 もちろん、十兵衛の方が良いに決まっているではないか!

 吾は、そのために生きている。

 十兵衛が天下人になるために、殿に尽くしている。

 そして、十兵衛が天下人となり、大きな城に住むようになったとき、その傍にいるのは吾なのだ!

 軒に出ると、夜風に風鐸がからからと鳴っている。

 雲が重く垂れこめ、月はない。

 淡海を行き交う舟も少ない。

 この向こうに十兵衛の城 ―― 坂本がある。

 十兵衛様………………太若丸は、いつか彼の背中を見送ったときのように、ずっとその城がある方を見続けた。 
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