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第四章「偏愛の城」
112(了)
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そして、三日には安土へと戻り、待望の十一日………………
十二間(二十二メートル)の石垣は土蔵であり、ここを一層目として、その上に六層の櫓がのる。
二層目にあがると、南北に二十間(三十六メートル)、東西に十七間(三十一メートル)、高さは十六間(三十メートル)で、二百本近い柱が並ぶ。
壁には布が張られ、総漆塗り ―― 壮観である。
西座敷には狩野永徳の梅の花の墨絵、付書院には煙寺晩鐘が描かれ、その前に盆山が置かれている。
隣の四畳には棚に鳩の絵が、さらに十二畳の間には鵞鳥が描かれていた。
八畳の奥に、四畳の間があるが、ここには雉が雛を慈しむ絵があった。
南には八畳との十二畳の間があるが、十二畳のほうに唐の儒者たちが描かれている。
東側にも、十二畳、三畳、八畳、八畳、六畳、納戸、六畳と座敷が続く ―― ふたつの八畳の間は、食膳を整える所だ ―― 裏方が働く場所なのに、ここにも金箔を使った絵が、これでもかと描かれている。
北には土蔵があり、次に二十六畳、六畳、十畳、十畳、十二畳があるが、これがすべて納戸である ―― こんなに沢山の納戸などみたこともない、確かに殿ほどの物持ちになれば、これぐらいであっても足りないぐらいだが………………その外側に、金燈籠が置いてあった。
あ然としながら三層目にあがると、花鳥の絵が施された十二畳、一段高くなった四畳の間にも花鳥の絵が。
南には、瓢箪から駒が描かれた賢人の間。
東には麝香の間、その隣に呂洞賓と傅説が描かれた座敷が。
北側には二十畳の馬の牧場が描かれ、次の十二畳には西王母が描かれている。
西側には二十四畳の納戸と、二段の広縁がある。
ここから見える淡海の景色も、なかなか素晴らしい。
「太若丸、乱丸、そこよりも、上から見るほうがもっと良いぞ!」
と、殿に先を促される。
四層目は、西に岩の間があり、岩の上に種々の木々が立ち上がる絵が描かれている ―― その隣には龍虎相搏の図が描かれた間。
南側には、竹の間と松の間 ―― その名のとおり、竹と松が描かれている。
東側には桐に鳳凰の図、その次の間には許由巣父の図が、隣の小座敷には金泥があしらわれている。
北側の座敷は十二畳、その次の十二畳には手毬桜、八畳には庭籠に鷹の子が入っている絵が描かれている。
五層目にあがると、ここには一切絵がない。
南と北側に四畳の座敷があるだけで、まったく簡素な造りだ。
いままで煌びやかなものばかり見ていて、いささか目が疲れていたので、これは良い目休めになった。
六層目は八面造りである。
外柱は朱で塗られ、内柱には金箔が貼られている ―― 下の階で目を休めていた良かった………………
内側には釈迦十大弟子や釈尊成道説法が描かれ、外の縁側沿いには餓鬼や鬼、その突き当りに鯱と飛竜が描かれ、欄干には擬宝珠が施されている ―― まるで神社や寺のようだ。
そして七層目、殿の後に続いて黒光りする階段をゆっくりとあがっていくと、まるで日が燦燦と降り注ぐかのような眩しさに、思わず目を瞑ってしまった。
「どうじゃ、太若丸、乱丸」
殿の言葉に、ゆっくりと目を開けると、いっそう部屋中がきらきらと輝いている。
「まるで極楽のようでございます!」
乱の言葉に、殿は嬉しそうに何度も頷く。
「左様であろう! 左様であろう! これこそ、極楽!」
四方の柱には上り龍・下り龍が施され、天井には天女が舞っている、壁中に三皇・五帝・孔門十哲・商山四皎・竹林七賢など、もうありとあらゆる有名どころが描かれている。
これは、確かに極楽………………
「極楽は、内側だけではないぞ。ほれ、見てみい!」
障子を開け放ち、欄干から身を乗り出す。
軒先にぶら下げられた燧金や宝鐸が、風に吹かれてからからとこの世のものとは思われない不思議な音色を奏でる。
眼下を見下ろすと、淡海を行き交う舟や、岸辺で忙しく働く男や女たち、そこから城へと伸びるまっすぐな道の両脇には沢山の店が並び、商人や行商、客………………老若男女で混み合い、賑わっている。
城の周囲には、侍たちの屋敷が築かれ、その妻が煮炊きに勤しむ姿や子らが鍛錬に励む姿が見える。
「ほら、見てみろ、人がまるでありんこのようじゃ。まさに天界から覗き見ておるようで、愉快じゃろう!」
まさに、天下一の城 ―― 殿の〝愛〟が終結した城!
「この景色を見ながら、濁酒じゃ! 濁酒! 金平糖も持ってこい!」
乱は、急いで酒をとりに走る。
太若丸も後に続こうとしたが、ふと足を止め、いま一度外に視線を移した。
対岸にうっすらと見えるは、黒塗り素朴な城………………十兵衛の居城坂本………………
風が吹きつけると、宝鐸がからんからんと鳴り響く………………極楽にいるのに………………心なしか虚しい………………
(第四章・了)
十二間(二十二メートル)の石垣は土蔵であり、ここを一層目として、その上に六層の櫓がのる。
二層目にあがると、南北に二十間(三十六メートル)、東西に十七間(三十一メートル)、高さは十六間(三十メートル)で、二百本近い柱が並ぶ。
壁には布が張られ、総漆塗り ―― 壮観である。
西座敷には狩野永徳の梅の花の墨絵、付書院には煙寺晩鐘が描かれ、その前に盆山が置かれている。
隣の四畳には棚に鳩の絵が、さらに十二畳の間には鵞鳥が描かれていた。
八畳の奥に、四畳の間があるが、ここには雉が雛を慈しむ絵があった。
南には八畳との十二畳の間があるが、十二畳のほうに唐の儒者たちが描かれている。
東側にも、十二畳、三畳、八畳、八畳、六畳、納戸、六畳と座敷が続く ―― ふたつの八畳の間は、食膳を整える所だ ―― 裏方が働く場所なのに、ここにも金箔を使った絵が、これでもかと描かれている。
北には土蔵があり、次に二十六畳、六畳、十畳、十畳、十二畳があるが、これがすべて納戸である ―― こんなに沢山の納戸などみたこともない、確かに殿ほどの物持ちになれば、これぐらいであっても足りないぐらいだが………………その外側に、金燈籠が置いてあった。
あ然としながら三層目にあがると、花鳥の絵が施された十二畳、一段高くなった四畳の間にも花鳥の絵が。
南には、瓢箪から駒が描かれた賢人の間。
東には麝香の間、その隣に呂洞賓と傅説が描かれた座敷が。
北側には二十畳の馬の牧場が描かれ、次の十二畳には西王母が描かれている。
西側には二十四畳の納戸と、二段の広縁がある。
ここから見える淡海の景色も、なかなか素晴らしい。
「太若丸、乱丸、そこよりも、上から見るほうがもっと良いぞ!」
と、殿に先を促される。
四層目は、西に岩の間があり、岩の上に種々の木々が立ち上がる絵が描かれている ―― その隣には龍虎相搏の図が描かれた間。
南側には、竹の間と松の間 ―― その名のとおり、竹と松が描かれている。
東側には桐に鳳凰の図、その次の間には許由巣父の図が、隣の小座敷には金泥があしらわれている。
北側の座敷は十二畳、その次の十二畳には手毬桜、八畳には庭籠に鷹の子が入っている絵が描かれている。
五層目にあがると、ここには一切絵がない。
南と北側に四畳の座敷があるだけで、まったく簡素な造りだ。
いままで煌びやかなものばかり見ていて、いささか目が疲れていたので、これは良い目休めになった。
六層目は八面造りである。
外柱は朱で塗られ、内柱には金箔が貼られている ―― 下の階で目を休めていた良かった………………
内側には釈迦十大弟子や釈尊成道説法が描かれ、外の縁側沿いには餓鬼や鬼、その突き当りに鯱と飛竜が描かれ、欄干には擬宝珠が施されている ―― まるで神社や寺のようだ。
そして七層目、殿の後に続いて黒光りする階段をゆっくりとあがっていくと、まるで日が燦燦と降り注ぐかのような眩しさに、思わず目を瞑ってしまった。
「どうじゃ、太若丸、乱丸」
殿の言葉に、ゆっくりと目を開けると、いっそう部屋中がきらきらと輝いている。
「まるで極楽のようでございます!」
乱の言葉に、殿は嬉しそうに何度も頷く。
「左様であろう! 左様であろう! これこそ、極楽!」
四方の柱には上り龍・下り龍が施され、天井には天女が舞っている、壁中に三皇・五帝・孔門十哲・商山四皎・竹林七賢など、もうありとあらゆる有名どころが描かれている。
これは、確かに極楽………………
「極楽は、内側だけではないぞ。ほれ、見てみい!」
障子を開け放ち、欄干から身を乗り出す。
軒先にぶら下げられた燧金や宝鐸が、風に吹かれてからからとこの世のものとは思われない不思議な音色を奏でる。
眼下を見下ろすと、淡海を行き交う舟や、岸辺で忙しく働く男や女たち、そこから城へと伸びるまっすぐな道の両脇には沢山の店が並び、商人や行商、客………………老若男女で混み合い、賑わっている。
城の周囲には、侍たちの屋敷が築かれ、その妻が煮炊きに勤しむ姿や子らが鍛錬に励む姿が見える。
「ほら、見てみろ、人がまるでありんこのようじゃ。まさに天界から覗き見ておるようで、愉快じゃろう!」
まさに、天下一の城 ―― 殿の〝愛〟が終結した城!
「この景色を見ながら、濁酒じゃ! 濁酒! 金平糖も持ってこい!」
乱は、急いで酒をとりに走る。
太若丸も後に続こうとしたが、ふと足を止め、いま一度外に視線を移した。
対岸にうっすらと見えるは、黒塗り素朴な城………………十兵衛の居城坂本………………
風が吹きつけると、宝鐸がからんからんと鳴り響く………………極楽にいるのに………………心なしか虚しい………………
(第四章・了)
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