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第四章「偏愛の城」
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翌日、それぞれが殿の差配された場所に移動し、砦を築きはじめた。
一方の殿は、山手の安満に着陣、ここにも砦を築かせる手配に入った。
そこに、珍しい客が現れた。
男は、「よう!」と気さくに手をあげる。
真田八郎である。
神出鬼没とは、まさにこの人のことをいう。
「伴天連連中を連れてきた」
なぜ八郎が?
「あいつは、面倒くさいことは全部俺にやらせる」
と、ぶつくさ言っている。
八郎の後ろには、真っ黒な陣羽織のようなものを羽織った、顎には黒ひげを蓄えた大男がふたりいた。
八郎も結構大きいが、後ろのふたりはそれよりも大きい。
広い額に、大きな目に ―― ひとりの目は瑠璃色だ ―― 長い鼻、大きな口、………………まるで鬼のようだ。
はじめて南蛮人というものに会ったが、ひどく怖くなってしまった。
そういえば姉は、八郎にこの連中に売ると聞いていたが、大丈夫だったのだろうか………………まあ、山賊相手をするぐらいな、意外に肝の据わった人なので、大丈夫なのだろう。
太若丸が頭を下げると、男たちもちょこっと頭を下げる。
顔を上げると、連中がじっと見下ろしていた………………まるで、見下されているようだ。
なんとも嫌な気分になりながらも、太若丸は乱を呼び、ふたりを殿のもとへと案内させた。
乱も、はじめて見る南蛮人に、ひどく驚いていたようだが………………
殿の世話は乱に任せ、太若丸は八郎をもてなした。
「随分と男ぶりが上がったか? いや、女ぶりか? 妙に色気がついてきたな」
八郎は、出された白湯を飲みながら言った。
左様でしょうか?
「しょんべん臭かった餓鬼だったが、いまや立派な小姓か? そのうち、立派な侍だな。俺の目に狂いはなかったな」
人買いの婆に売ったくせに。
「いまのうちに、媚びを売っておくか?」
と、八郎は懐からを香炉を取り出した。
青磁に、蓋の部分に鳥があしらわれている。
こんな高価なもの、もらっていいのだろうか?
「なんだ? いらんのか?」
いえいえ、ありがたくいただきます。
「あと、これもやろう」
懐から小さな袋を取り出し、口を開くと、お茶うけにと出した干し柿の隣に、ざっと何かを注いだ。
山盛りになった白い粒は『金平糖』である。
「なんだ、知っておるのか?」
殿の大好物だ。
永禄十二(一五六三)年に、宣教師ルイス・フロイスと会った際に、土産としてもらったらしい。
口の中でじんわりと溶けていき、徐々に広がっていく甘さに、殿は魅了され、それ以来虜らしい。
たまに酒の肴にしていることがある。
なくなると機嫌が悪くなり、近習たちが慌てて伴天連のもとに行く始末………………
「なるほどな、これは良い商いになりそうだな」
早速、商売の算段をしているようだ ―― 相変わらず抜け目がない。
「このぐらいでなければ、商いはやっていけんぞ」
八郎は、お持たせの『金平糖』をがっしりと掴み、大きな口に放り込み、ばりばりと齧る。
姿かたちは違えど、そういうところは今井宗久と似ている。
商売人とは、斯くの如くということか………………と思いながら、太若丸もご相伴にあずかる。
一個口に含むと、じんわりと甘みが広がっていく。
うむ、干し柿とはまた違う甘さ………………
「十兵衛は、この甘さが嫌らしい。歯が浮くとか」
なるほど、十兵衛の前で『金平糖』は厳禁だな。
「伴天連連中のことも、あまりよく思っておらん」
これは意外!
「やつらは、人を食うからな」
八郎が随分怖い顔をする。
やっぱり鬼だ!
「ははは、戯言だ、戯言! そんな馬鹿げた話があるか。伴天連嫌いな奴らが流した噂だ」
なるほど、しかし伴天連を使ってはと殿に提案したのは十兵衛では?
「そりゃ、道具としてならいくらでも使う。それが己に有利に働くならば、鬼であろうとも使う。あいつは、そういう男だ」
左様でしょうか?
「そうよ、だから浪人から一城の主にまでなったのであろう?」
それは…………………
「不服そうだな。だが、これがまことだ。よほどの家に生まれてこなければ、この世は地獄……、ずっと地獄の底で這いずり回っていなきゃなんねぇ。極楽から、蜘蛛の糸なんざ降りてこねぇんだよ。地獄で憐れみを乞いながら死ぬのが嫌なら、己で這い上がっていくしなかねぇ。そこから這い上がっていくには、どんな手でも使わねばならぬ。それが、世の常というものだ。お前も、同じであろう?」
まあ、それは………………
「そんな顔をするな。別に卑下しているわけじゃねぇ。俺は好きだぜ、そういうやつらを。己の持った頭と腕だけで、あとは己の僅かな運を信じながら必死で生き抜いていく連中がな。十兵衛や藤吉郎、弾正忠らのようにな」
八郎にしては、珍しく殿を褒めている。
「十兵衛だって、そういう連中が好きだろう。だから、弾正忠のところで働いているんだろう?」
確かに!
「だから、生まれや家柄だけで、なんら精進もせずにただ座って、偉そうに指図だけしているやつらや、神の教えだ、仏の教えだといいながら、裏で己の欲望を満たすことだけしか考えてない連中が大嫌いなんだよ」
それは、御山のことか?
「だから、伴天連連中のことも嫌っている」
伴天連は、御山の人たちと同じなのか?
「いや、俺の見た限り、あいつらは生臭坊主よりもずっとマシだぞ。むしろ、あいつらのほうが本物の坊さんなんじゃないかと思ったりもする。十兵衛が嫌がっているのは、その教えだ」
伴天連の教えとは?
一方の殿は、山手の安満に着陣、ここにも砦を築かせる手配に入った。
そこに、珍しい客が現れた。
男は、「よう!」と気さくに手をあげる。
真田八郎である。
神出鬼没とは、まさにこの人のことをいう。
「伴天連連中を連れてきた」
なぜ八郎が?
「あいつは、面倒くさいことは全部俺にやらせる」
と、ぶつくさ言っている。
八郎の後ろには、真っ黒な陣羽織のようなものを羽織った、顎には黒ひげを蓄えた大男がふたりいた。
八郎も結構大きいが、後ろのふたりはそれよりも大きい。
広い額に、大きな目に ―― ひとりの目は瑠璃色だ ―― 長い鼻、大きな口、………………まるで鬼のようだ。
はじめて南蛮人というものに会ったが、ひどく怖くなってしまった。
そういえば姉は、八郎にこの連中に売ると聞いていたが、大丈夫だったのだろうか………………まあ、山賊相手をするぐらいな、意外に肝の据わった人なので、大丈夫なのだろう。
太若丸が頭を下げると、男たちもちょこっと頭を下げる。
顔を上げると、連中がじっと見下ろしていた………………まるで、見下されているようだ。
なんとも嫌な気分になりながらも、太若丸は乱を呼び、ふたりを殿のもとへと案内させた。
乱も、はじめて見る南蛮人に、ひどく驚いていたようだが………………
殿の世話は乱に任せ、太若丸は八郎をもてなした。
「随分と男ぶりが上がったか? いや、女ぶりか? 妙に色気がついてきたな」
八郎は、出された白湯を飲みながら言った。
左様でしょうか?
「しょんべん臭かった餓鬼だったが、いまや立派な小姓か? そのうち、立派な侍だな。俺の目に狂いはなかったな」
人買いの婆に売ったくせに。
「いまのうちに、媚びを売っておくか?」
と、八郎は懐からを香炉を取り出した。
青磁に、蓋の部分に鳥があしらわれている。
こんな高価なもの、もらっていいのだろうか?
「なんだ? いらんのか?」
いえいえ、ありがたくいただきます。
「あと、これもやろう」
懐から小さな袋を取り出し、口を開くと、お茶うけにと出した干し柿の隣に、ざっと何かを注いだ。
山盛りになった白い粒は『金平糖』である。
「なんだ、知っておるのか?」
殿の大好物だ。
永禄十二(一五六三)年に、宣教師ルイス・フロイスと会った際に、土産としてもらったらしい。
口の中でじんわりと溶けていき、徐々に広がっていく甘さに、殿は魅了され、それ以来虜らしい。
たまに酒の肴にしていることがある。
なくなると機嫌が悪くなり、近習たちが慌てて伴天連のもとに行く始末………………
「なるほどな、これは良い商いになりそうだな」
早速、商売の算段をしているようだ ―― 相変わらず抜け目がない。
「このぐらいでなければ、商いはやっていけんぞ」
八郎は、お持たせの『金平糖』をがっしりと掴み、大きな口に放り込み、ばりばりと齧る。
姿かたちは違えど、そういうところは今井宗久と似ている。
商売人とは、斯くの如くということか………………と思いながら、太若丸もご相伴にあずかる。
一個口に含むと、じんわりと甘みが広がっていく。
うむ、干し柿とはまた違う甘さ………………
「十兵衛は、この甘さが嫌らしい。歯が浮くとか」
なるほど、十兵衛の前で『金平糖』は厳禁だな。
「伴天連連中のことも、あまりよく思っておらん」
これは意外!
「やつらは、人を食うからな」
八郎が随分怖い顔をする。
やっぱり鬼だ!
「ははは、戯言だ、戯言! そんな馬鹿げた話があるか。伴天連嫌いな奴らが流した噂だ」
なるほど、しかし伴天連を使ってはと殿に提案したのは十兵衛では?
「そりゃ、道具としてならいくらでも使う。それが己に有利に働くならば、鬼であろうとも使う。あいつは、そういう男だ」
左様でしょうか?
「そうよ、だから浪人から一城の主にまでなったのであろう?」
それは…………………
「不服そうだな。だが、これがまことだ。よほどの家に生まれてこなければ、この世は地獄……、ずっと地獄の底で這いずり回っていなきゃなんねぇ。極楽から、蜘蛛の糸なんざ降りてこねぇんだよ。地獄で憐れみを乞いながら死ぬのが嫌なら、己で這い上がっていくしなかねぇ。そこから這い上がっていくには、どんな手でも使わねばならぬ。それが、世の常というものだ。お前も、同じであろう?」
まあ、それは………………
「そんな顔をするな。別に卑下しているわけじゃねぇ。俺は好きだぜ、そういうやつらを。己の持った頭と腕だけで、あとは己の僅かな運を信じながら必死で生き抜いていく連中がな。十兵衛や藤吉郎、弾正忠らのようにな」
八郎にしては、珍しく殿を褒めている。
「十兵衛だって、そういう連中が好きだろう。だから、弾正忠のところで働いているんだろう?」
確かに!
「だから、生まれや家柄だけで、なんら精進もせずにただ座って、偉そうに指図だけしているやつらや、神の教えだ、仏の教えだといいながら、裏で己の欲望を満たすことだけしか考えてない連中が大嫌いなんだよ」
それは、御山のことか?
「だから、伴天連連中のことも嫌っている」
伴天連は、御山の人たちと同じなのか?
「いや、俺の見た限り、あいつらは生臭坊主よりもずっとマシだぞ。むしろ、あいつらのほうが本物の坊さんなんじゃないかと思ったりもする。十兵衛が嫌がっているのは、その教えだ」
伴天連の教えとは?
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