本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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 同じころ、山のような黒影が熊野灘を横切っていく。

 九鬼右馬允嘉隆くきうまのじょうよしたかの安宅船六艘である。

 そこに滝川一益が造った白船一艘が加わり、大阪方と毛利方の行き来する舟の警戒に当たった。

 殿が、この大船を検分するために堺に向かったのは、九月の終わりである。

 殿が来られるということで、嘉隆は大船に幟・旗差しを立て、幔幕で飾り立てた。

 堺の町衆も殿に献上しようと茶器などの名物を持参、また老若男女問わず一目殿を見ようと、着飾り集まった。

 まるで祭りのような騒ぎである。

「ほう~、これはまた、城のような船でござりまするな」

 同行した近衛前久は、右手を眉の上にかざし、口をあんぐりと開けて、見上げている。

「随分大きな船ですな」

 同じく同行した細川信良のぶよし昭元あきもと、細川京兆家十九代当主)も驚いている。

「しかし、これほど大きいと……」、一色義道いっしきよしみちは眉を潜めた、「小回りが利かず、小舟のよき標的になるのでは?」

 毛利水軍も安宅船のような大型の船はあるが、主力は足の速い〝小早〟である。

 これが巧みに動き回り、敵方の船に接近、焙烙火を投げ込んで延焼させる。

 先の木津浦の戦いで、織田方は散々な目に遭った。

 その教訓から、殿は当時淡海に浮かんでいた安宅船を解体し、小舟を作らせた。

 それとは別に、嘉隆に命じてまた大きな船を作らせていたのである。

 あの教訓は、いったい何だったのか?

 そう思ったのは、義道だけはあるまい。

「しっ!」

 と、信良が人差し指を唇に当てる。

 殿が、嘉隆を連れて大船から満足そうに降りてきた。

「なに、心配はない」

 と、殿は余裕綽々。

「さ、左様ですか?」

 聞かれていたのかと、義道は焦っていた。

「此度は、船に鋼を張り付けてありまする」

 なるほど、嘉隆の造った船には鉄の板が張り付けてある ―― 黒光りしているのは、そのせいである。

「これならば、毛利の焙烙火にやられますまい。そうじゃの、嘉隆?」

「はっ」、嘉隆は、口の周りの黒々とした髭を自慢気に動かしながら答えた、「先に熊野灘から回航する際に、雑賀や丹和の跳ね返りものらが小舟を出してまいりましたが………………」

 矢や鉄砲を撃ち込んできたようだが、嘉隆は敵をぎりぎりのところまで引き寄せ、一斉に大砲をぶっ放して、小舟を次々に打ち崩していったらしい。

 こちらのほうは、嘉隆の巧みな操船と、鉄板のお陰で無傷だったとか。

 前久は、ぽんと手を弾いて、

「いや、それは御見事!」

 と、感心していた。

「右馬允(嘉隆)、見事な船を造った褒美として、黄金二十枚をとらせる」

 その他に、着物十重、菱喰の折箱二折、さらに一益とともに、千人扶持の加増となった。

「ありがたき幸せ」

「あと、船頭たちにも、黄金六枚と、適当な着物をくれてやれ」

 傍に控えていた犬飼助三、渡辺佐内、伊藤孫大夫らは、これを涙ながらに受け取った。

「播磨のほうも落ち着き、この船で、もはや大阪も毛利も恐れるに足らずといったところですかな?」

 前久の言葉に、殿はその通りと頷く。

 いまは神吉城と志方城も落ち、別所氏の立て籠もる三木城を包囲している状況。

 それまでに、相当な動きがあったのだが………………
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