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第四章「偏愛の城」
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「捨てよ……とは?」
「上月城を捨て、別所が立て籠もる三木城を優先する」
「しかし、それでは上月城が毛利方の手に」
「構わん、上月城の城代は……尼子殿であったか? 尼子殿に、すぐさま城を捨て、織田本隊と合流し、そのまま神吉・仕方を攻め、三木城の攻略に当たれと」
「畏まり候……、されど……」
「なんじゃ? 何かあるのか?」
「はっ、尼子殿が納得いたしまするかどうか………………」
尼子勝久からすれば、宿敵毛利を討ち蹴散らし、お家再興の好機。
簡単には退き下がるまい。
「納得するかどうかなど、儂の知ったことか! 尼子殿が退けばそれでよし! 退かなければ、それでもよし! 織田としては、三木城が第一、上月城はそのあと! それまで城が持てば、尼子殿はあっぱれ! 持たずに、城を枕に討ち死にするも、またあっぱれ! そうではないか?」
「左様で」
と、秀吉も応じるしかない。
「兎も角、これ以上播磨が揉めれば、それに近い天下周辺(畿内)に影響が出よう。それでなくとも、先の出水で帝をはじめ公家や町衆も不安がっておる。ことは、早急に治めるがよい」
「畏まり候……、されど……」
「まだ何かあるか?」
殿は、苛立たしそうにぎろっと睨みつける。
秀吉にしては、珍しく食い下がっている。
「仮に上月城が落ち、毛利方が播磨まで攻め寄せてまいりましたならば、如何様に?」
「その時は………………、〝猿〟、おぬしが死ね!」
毛利との最前線に立てということだ。
秀吉は頬を引き攣らせる。
殿から〝死ね〟と言われた以上、選ぶは二つ ―― 大人しく退くか、逆に毛利に寝返るか………………
秀吉は、勢いよく頭を下げた。
「畏まり候!」
見送りに出ると、秀吉は憔悴しきった顔で聞いてくる。
「太若丸殿、どうにかならぬものですかな?」
吾に聞かれましても………………
「大殿には、えらく嫌われたもので………………、どこから、こうなったのでしょうな?」
太若丸も首を傾げる。
「どうにかならぬものですかな?」
と、再度、縋るような目を向けてくる。
以前、秀吉が名を変えたときのように、常に殿の傍にいて、周りからはお気に入りとみられている太若丸に取り入ってもらえれば………………と、思ったのだろう。
だが、残念だ。
いまのお気に入りは、吾ではない。
太若丸は、お役に立てず……………と、頭を下げた。
「ですねよ………………」、秀吉は悲しそうに笑った、「兎も角、覚悟を決めませぬと」
ぺこぺこと頭を下げて帰っていったが、その背中は酷く猫背で、小さいが、どこか十兵衛に似ていた………………
「上月城を捨て、別所が立て籠もる三木城を優先する」
「しかし、それでは上月城が毛利方の手に」
「構わん、上月城の城代は……尼子殿であったか? 尼子殿に、すぐさま城を捨て、織田本隊と合流し、そのまま神吉・仕方を攻め、三木城の攻略に当たれと」
「畏まり候……、されど……」
「なんじゃ? 何かあるのか?」
「はっ、尼子殿が納得いたしまするかどうか………………」
尼子勝久からすれば、宿敵毛利を討ち蹴散らし、お家再興の好機。
簡単には退き下がるまい。
「納得するかどうかなど、儂の知ったことか! 尼子殿が退けばそれでよし! 退かなければ、それでもよし! 織田としては、三木城が第一、上月城はそのあと! それまで城が持てば、尼子殿はあっぱれ! 持たずに、城を枕に討ち死にするも、またあっぱれ! そうではないか?」
「左様で」
と、秀吉も応じるしかない。
「兎も角、これ以上播磨が揉めれば、それに近い天下周辺(畿内)に影響が出よう。それでなくとも、先の出水で帝をはじめ公家や町衆も不安がっておる。ことは、早急に治めるがよい」
「畏まり候……、されど……」
「まだ何かあるか?」
殿は、苛立たしそうにぎろっと睨みつける。
秀吉にしては、珍しく食い下がっている。
「仮に上月城が落ち、毛利方が播磨まで攻め寄せてまいりましたならば、如何様に?」
「その時は………………、〝猿〟、おぬしが死ね!」
毛利との最前線に立てということだ。
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殿から〝死ね〟と言われた以上、選ぶは二つ ―― 大人しく退くか、逆に毛利に寝返るか………………
秀吉は、勢いよく頭を下げた。
「畏まり候!」
見送りに出ると、秀吉は憔悴しきった顔で聞いてくる。
「太若丸殿、どうにかならぬものですかな?」
吾に聞かれましても………………
「大殿には、えらく嫌われたもので………………、どこから、こうなったのでしょうな?」
太若丸も首を傾げる。
「どうにかならぬものですかな?」
と、再度、縋るような目を向けてくる。
以前、秀吉が名を変えたときのように、常に殿の傍にいて、周りからはお気に入りとみられている太若丸に取り入ってもらえれば………………と、思ったのだろう。
だが、残念だ。
いまのお気に入りは、吾ではない。
太若丸は、お役に立てず……………と、頭を下げた。
「ですねよ………………」、秀吉は悲しそうに笑った、「兎も角、覚悟を決めませぬと」
ぺこぺこと頭を下げて帰っていったが、その背中は酷く猫背で、小さいが、どこか十兵衛に似ていた………………
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