355 / 498
第四章「偏愛の城」
80
しおりを挟む
謀反は続く。
今度は播磨で旗を翻したものがいた。
別所長治である。
正月の茶会に招待されたことに意気揚々だった秀吉が、再び播磨に入り、加古川城に兵を、自らは書写山に本陣を置き、さてこれから、まだ大殿に従わぬ輩を退治しようかというときだった。
長治が三木城に立て籠った。
この様子をみた播磨の諸将も、次々に織田に反抗した。
この一報を聞いたとき、
「何かの間違いであろう、〝猿〟ではないのか? あの別所が?」
と、殿も驚いていた。
播磨の別所氏は、赤松家の家臣であったが、その内紛に乗じ独り立ち、三木城を中心とした東播磨を制圧した。
長治は、播磨の諸将としては早い折から信長の配下に入っていた。
その彼が背を向けた。
「儂、何かしたかの?」、殿は不思議そうに首を傾げる、「いや、儂は何もしておらんぞ。どうせ〝猿〟が功を焦って、無礼を働いたのであろう。あのうつけが! いや、あやつが毛利や公方と手を組んで、唆しておるやもしれん。響談に、ようよう探らせよ」
詳細が分かったのは、殿が相撲を観覧されている最中である。
二月二十九日に、近隣の力士三百名を安土に呼び寄せ、大男たちのぶつかり合いを楽しんだ。
なかでも優れた力士二十三人 ―― 東馬二郎、たいとう、日野長光、正権、妙仁、円浄寺、地蔵坊、力円、草山、平蔵、宋永、木村伊小介、周永、あら鹿、づこう、青地孫二郎、山田与兵衛、村田吉五、太田平左衛門、大塚新八、麻生三五、下川弥九郎、助五郎には褒美として扇を、特に長光には金銀をあしらった扇を、行司二人 ―― 木瀬蔵春庵、木瀬太郎大夫にも衣を与えた。
「どうじゃ、太若丸、乱丸、大男同士が裸になり、鬼の形相でぶつかり合う様子、楽しいではないか」
「左様でございます。薄桃色に染まった肉が、岩のように盛り上がり、身体から白い煙のように湯気が立ち上がる姿は、惚れ惚れいたしまする」
乱の目がきらきらとしている。
「うむ、乱丸はあのような男が好きなのか……、儂もあのぐらい肉があればよいのだが………………」
殿は、自分の腕や胸をさする。
確かに、殿は痩せ気味である ―― ほどよく肉はついているのだが………………
「そんなことはございません。殿のお身体も、お綺麗ですよ。某は、殿の若獅子のような張りのある身体のほうが好きです」
と、乱はしな垂れかかる。
殿は、「愛いやつじゃ」と、乱の身体を弄る。
皆が見ている前で………………太若丸は、ごほんと咳払いした。
後ろに近習が控えている。
「なんじゃ?」
と、殿は面倒臭そうに振り返った。
近習は何事か耳元で囁く。
殿は、うむと頷き、
「儂はちょっと席を外すが、皆はまだまだ楽しんでくれ」
と、宴席を立った。
今度は播磨で旗を翻したものがいた。
別所長治である。
正月の茶会に招待されたことに意気揚々だった秀吉が、再び播磨に入り、加古川城に兵を、自らは書写山に本陣を置き、さてこれから、まだ大殿に従わぬ輩を退治しようかというときだった。
長治が三木城に立て籠った。
この様子をみた播磨の諸将も、次々に織田に反抗した。
この一報を聞いたとき、
「何かの間違いであろう、〝猿〟ではないのか? あの別所が?」
と、殿も驚いていた。
播磨の別所氏は、赤松家の家臣であったが、その内紛に乗じ独り立ち、三木城を中心とした東播磨を制圧した。
長治は、播磨の諸将としては早い折から信長の配下に入っていた。
その彼が背を向けた。
「儂、何かしたかの?」、殿は不思議そうに首を傾げる、「いや、儂は何もしておらんぞ。どうせ〝猿〟が功を焦って、無礼を働いたのであろう。あのうつけが! いや、あやつが毛利や公方と手を組んで、唆しておるやもしれん。響談に、ようよう探らせよ」
詳細が分かったのは、殿が相撲を観覧されている最中である。
二月二十九日に、近隣の力士三百名を安土に呼び寄せ、大男たちのぶつかり合いを楽しんだ。
なかでも優れた力士二十三人 ―― 東馬二郎、たいとう、日野長光、正権、妙仁、円浄寺、地蔵坊、力円、草山、平蔵、宋永、木村伊小介、周永、あら鹿、づこう、青地孫二郎、山田与兵衛、村田吉五、太田平左衛門、大塚新八、麻生三五、下川弥九郎、助五郎には褒美として扇を、特に長光には金銀をあしらった扇を、行司二人 ―― 木瀬蔵春庵、木瀬太郎大夫にも衣を与えた。
「どうじゃ、太若丸、乱丸、大男同士が裸になり、鬼の形相でぶつかり合う様子、楽しいではないか」
「左様でございます。薄桃色に染まった肉が、岩のように盛り上がり、身体から白い煙のように湯気が立ち上がる姿は、惚れ惚れいたしまする」
乱の目がきらきらとしている。
「うむ、乱丸はあのような男が好きなのか……、儂もあのぐらい肉があればよいのだが………………」
殿は、自分の腕や胸をさする。
確かに、殿は痩せ気味である ―― ほどよく肉はついているのだが………………
「そんなことはございません。殿のお身体も、お綺麗ですよ。某は、殿の若獅子のような張りのある身体のほうが好きです」
と、乱はしな垂れかかる。
殿は、「愛いやつじゃ」と、乱の身体を弄る。
皆が見ている前で………………太若丸は、ごほんと咳払いした。
後ろに近習が控えている。
「なんじゃ?」
と、殿は面倒臭そうに振り返った。
近習は何事か耳元で囁く。
殿は、うむと頷き、
「儂はちょっと席を外すが、皆はまだまだ楽しんでくれ」
と、宴席を立った。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
1333
干支ピリカ
歴史・時代
鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。
(現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)
鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。
主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。
ご興味を持たれた方は是非どうぞ!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
大航海時代 日本語版
藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった―――
関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した
それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった
―――鎖国前夜の1631年
坂本龍馬に先駆けること200年以上前
東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン
『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝
糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。
その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。
姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる