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第四章「偏愛の城」
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四日後、今度は織田家当主の信忠が催す茶会が開かれた。
昨年末、信長から受けた茶器類を披露するのが目的で ―― 名物を一切合切譲るということは、名実ともに織田家の家督を譲ったということだ ―― というか、織田家の当主として周囲に知らしめるために、万見重元の邸宅で茶会を開いた。
招待されたのは、夕庵、友閑、秀貞、一益、与次、長利、長秀、秀吉、宗仁………………
十兵衛と藤孝、村重が外された。
確かに、十兵衛たちは信長の家臣で、信忠の下にはない。
だが、一益や長秀、秀吉さえも招待されたのに、なぜ十兵衛たちが招待されないのか?
十兵衛も、この程度でどうこう言う器ではないが、傍から見れば、織田家は十兵衛らを必要としていないと見られる。
「あやつは、いったい何を考えておる?」
と、殿も訝しんでいた。
「まあ、十兵衛も与一郎(藤孝)も摂津(村重)も、天下の処務には必要だが、織田家には必要あるまいし、あれには使いこなせまい」
御尤も!
十兵衛は天下をとる男 ―― 織田家の家臣に収まる器ではない!
「はははは、左様なことがござりましたか」
と、笑ったのは前関白近衛前久である。
久々に宮中で行われた節会の礼にと、わざわざ都より安土に下ってきたのである。
「まあ、織田の当主を譲ったのだから、あれのすることにいちいち目くじらを立ててもと思いますが……、如何せん、目につく。それで小言が多くなりまする。まあ、向こうも煙たがっておるのでしょうが……」
殿は苦笑した。
「父親とは、左様なものでしょうな。どうも、子どもがやることが気になる。麻呂の息子も、突然武士になりたいとか言い出して、どこから聞いてきたのか、武士は大飯を食うものと、まあはち切れんばかりに飯を食って……、そういうことではないと思うのですが……」
「親というのは、難儀ですな。かくいう某も、父にどれほど迷惑をかけたか………………」
「内裏も、三河守殿(織田信秀)には大変お世話になりました。織田家は、三河守殿、右府殿(右大臣:信長)、三位中将殿と三代にわたり朝廷に忠節を尽くされておられる。まことに結構なことかと」
「なに、父に比べれば、某など………………」
笑っておられるが、どこか寂しげである ―― 父親のことを思い出されているのか………………
「いやいや、此度の節会にしても、右府殿のお陰でござりまする。貧乏公方では、ここまでできなかったでしょう。宮中でも、もはや名もあがりませぬ。大御心は、右府殿にござりまするぞ」
「それはそれは、恐れ多いこと」
「いまや天下(畿内一帯)は太平。このまま大八洲の隅々まで平らかになされれば、帝もご安心なされるでしょう。右府殿ならば簡単でござろう?」
「はははは……」
殿のから笑い。
越後に上杉、甲府に武田、関東に北条、西国に毛利、四国には長宗我部、鎮西に大友、龍造寺、島津、東北には最上………………、さらに武将たちよりも強敵の本願寺と、それほど簡単ではあるまい。
昨年末、信長から受けた茶器類を披露するのが目的で ―― 名物を一切合切譲るということは、名実ともに織田家の家督を譲ったということだ ―― というか、織田家の当主として周囲に知らしめるために、万見重元の邸宅で茶会を開いた。
招待されたのは、夕庵、友閑、秀貞、一益、与次、長利、長秀、秀吉、宗仁………………
十兵衛と藤孝、村重が外された。
確かに、十兵衛たちは信長の家臣で、信忠の下にはない。
だが、一益や長秀、秀吉さえも招待されたのに、なぜ十兵衛たちが招待されないのか?
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「まあ、十兵衛も与一郎(藤孝)も摂津(村重)も、天下の処務には必要だが、織田家には必要あるまいし、あれには使いこなせまい」
御尤も!
十兵衛は天下をとる男 ―― 織田家の家臣に収まる器ではない!
「はははは、左様なことがござりましたか」
と、笑ったのは前関白近衛前久である。
久々に宮中で行われた節会の礼にと、わざわざ都より安土に下ってきたのである。
「まあ、織田の当主を譲ったのだから、あれのすることにいちいち目くじらを立ててもと思いますが……、如何せん、目につく。それで小言が多くなりまする。まあ、向こうも煙たがっておるのでしょうが……」
殿は苦笑した。
「父親とは、左様なものでしょうな。どうも、子どもがやることが気になる。麻呂の息子も、突然武士になりたいとか言い出して、どこから聞いてきたのか、武士は大飯を食うものと、まあはち切れんばかりに飯を食って……、そういうことではないと思うのですが……」
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「内裏も、三河守殿(織田信秀)には大変お世話になりました。織田家は、三河守殿、右府殿(右大臣:信長)、三位中将殿と三代にわたり朝廷に忠節を尽くされておられる。まことに結構なことかと」
「なに、父に比べれば、某など………………」
笑っておられるが、どこか寂しげである ―― 父親のことを思い出されているのか………………
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「それはそれは、恐れ多いこと」
「いまや天下(畿内一帯)は太平。このまま大八洲の隅々まで平らかになされれば、帝もご安心なされるでしょう。右府殿ならば簡単でござろう?」
「はははは……」
殿のから笑い。
越後に上杉、甲府に武田、関東に北条、西国に毛利、四国には長宗我部、鎮西に大友、龍造寺、島津、東北には最上………………、さらに武将たちよりも強敵の本願寺と、それほど簡単ではあるまい。
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