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第四章「偏愛の城」
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そこに秀吉が飛び込んでいった。
十月下旬には、小寺官兵衛孝高(黒田如水)の居城姫路城へと入り、播磨中を東奔西走。
あの人たらしの笑顔で武将たちを懐柔し、人質を取り、ひと月もかからずに播磨を手中に置いた。
殿から感状が出たのだが、これでは殿のご機嫌も治らないだろうと思ったのか、殿の命になかった但馬まで侵攻、山口岩洲城、竹田城と次々に落とし、竹田城代として実弟の秀長を置いた。
ついで、秀吉は西に進軍。
播磨・備前・美作の国境にあった上月城を攻撃。
城主は赤松義村の孫にあたり、『西播磨殿』と呼ばれる赤松政範。
秀吉は、援軍に駆け付けた宇喜多軍を退け、これを囲み、兵糧攻めとした。
最終的に政範は、妻子・一族郎党ともに自刃。
死に際して城兵に、
『自らの首を差し出し、助命を願え。もし聞き入れられずば、羽柴の首をとれ!』
と、言い残したとか。
将兵らは、主君の命通り秀吉に首を献上し、助命を願ったが、秀吉はこれを拒否。
将兵、城内に籠っていた女子どもまで皆殺しにし、播磨・備前・美作の国境に磔にしたとか………………
秀吉からの書状を読み上げながら、太若丸は首を傾げた。
あの秀吉にしては珍しい ―― 降伏したものだけでなく、女子どもまで殺すとは………………
「あやつがか?」
と、殿も眉を顰めた。
「あやつ、儂の機嫌を取ろうと、無益な殺生をしたのではあるまいな? 儂とて、誰構わず首を刎ねろとは言っておらんぞ」
叱責の書状を送りましょうかと問うと、
「これは、羽柴様の判断ではございませんでしょう」
殿の後ろに控えていた乱が口を挟んだ。
「あの優しい顔された羽柴様が、女子どもまで処断されるようなことはなされますまい」
こいつは、秀吉の何を知っているのかと、太若丸は不快だった。
だが殿は、
「うむ、儂もそう思うぞ」
と、にこにこして彼の話を聞いている。
「恐らくは、羽柴様の下についた小寺(孝高)殿の差し金かと」
「うむうむ、なるほどな」
殿は、乱の顔を見ながら、ただただ頷く。
「そういえば以前、小寺と会ったかの?」
二年前のこと ―― 小寺政職の使者として岐阜城で謁見、殿は官兵衛の受け答えを気に入られ、名刀『圧切長谷部』を下賜された。
「そういえば、あれを渡したな……」
殿に無礼を働いた茶坊主を、隠れた膳棚ごと圧し切った刀 ―― それが名の由来である。
「うむうむ、いま思い出せば狡猾な顔をしておったのう。あれが持つに相応しい刀であったわ。うむ、小寺の仕業か」
本当にそうであろうか?
「そういえば、その際に小寺殿との取次ぎをなされたのは、羽柴様ではございませんか?」
「うむ、左様であった!」
「もしかではございますが、羽柴様に知恵を与えているのは、小寺殿かもしれません」
「左様じゃな……、そう思えば、そう思う。あれは猿知恵が働くだけ、そこまで何も考えられまい。うむ、乱丸よ、おぬしは賢しいのう。愛いやつじゃ、こちらへこい」
乱は、殿の傍に進み出て、しな垂れかかる。
「愛いやつ、愛いやつ」
殿は、乱の身体を弄りながら、頬や首筋に唇を押し当てる。
乱は、
「殿、擽っとうございまする」
と、くねくねと身を捩る。
人前というのに………………太若丸と目が合うと、にやりと笑う………………いったい、何を………………?
「ですが、羽柴様も此度は目覚ましいご活躍……、殿もそろそろお許しになられては?」
こやつは、いったい何を?
「うむ、そうじゃな……、乱丸がそこまでいうのなら……」
殿は、乱の一言で秀吉を許した………………あれほど、秀貞や信盛、十兵衛には気をつけろと言ったのに………………
こやつは、いったい何なのだ?
何を知っているのというかのか?
殿の何を知っているのか?
織田家の何を知っているのか?
秀吉の何を知っているのか?
小寺の謁見の話は二年前………………まだ、殿の小姓にもなっていない、どこにいたのかも分からないのに、なぜ知っているのか?
そして、なぜ秀吉を許せというか?
殿も、なぜ小姓ごときの、しかも新参者の話を聞いて許されるのか………………
こやつ、侮れぬと思った。
十月下旬には、小寺官兵衛孝高(黒田如水)の居城姫路城へと入り、播磨中を東奔西走。
あの人たらしの笑顔で武将たちを懐柔し、人質を取り、ひと月もかからずに播磨を手中に置いた。
殿から感状が出たのだが、これでは殿のご機嫌も治らないだろうと思ったのか、殿の命になかった但馬まで侵攻、山口岩洲城、竹田城と次々に落とし、竹田城代として実弟の秀長を置いた。
ついで、秀吉は西に進軍。
播磨・備前・美作の国境にあった上月城を攻撃。
城主は赤松義村の孫にあたり、『西播磨殿』と呼ばれる赤松政範。
秀吉は、援軍に駆け付けた宇喜多軍を退け、これを囲み、兵糧攻めとした。
最終的に政範は、妻子・一族郎党ともに自刃。
死に際して城兵に、
『自らの首を差し出し、助命を願え。もし聞き入れられずば、羽柴の首をとれ!』
と、言い残したとか。
将兵らは、主君の命通り秀吉に首を献上し、助命を願ったが、秀吉はこれを拒否。
将兵、城内に籠っていた女子どもまで皆殺しにし、播磨・備前・美作の国境に磔にしたとか………………
秀吉からの書状を読み上げながら、太若丸は首を傾げた。
あの秀吉にしては珍しい ―― 降伏したものだけでなく、女子どもまで殺すとは………………
「あやつがか?」
と、殿も眉を顰めた。
「あやつ、儂の機嫌を取ろうと、無益な殺生をしたのではあるまいな? 儂とて、誰構わず首を刎ねろとは言っておらんぞ」
叱責の書状を送りましょうかと問うと、
「これは、羽柴様の判断ではございませんでしょう」
殿の後ろに控えていた乱が口を挟んだ。
「あの優しい顔された羽柴様が、女子どもまで処断されるようなことはなされますまい」
こいつは、秀吉の何を知っているのかと、太若丸は不快だった。
だが殿は、
「うむ、儂もそう思うぞ」
と、にこにこして彼の話を聞いている。
「恐らくは、羽柴様の下についた小寺(孝高)殿の差し金かと」
「うむうむ、なるほどな」
殿は、乱の顔を見ながら、ただただ頷く。
「そういえば以前、小寺と会ったかの?」
二年前のこと ―― 小寺政職の使者として岐阜城で謁見、殿は官兵衛の受け答えを気に入られ、名刀『圧切長谷部』を下賜された。
「そういえば、あれを渡したな……」
殿に無礼を働いた茶坊主を、隠れた膳棚ごと圧し切った刀 ―― それが名の由来である。
「うむうむ、いま思い出せば狡猾な顔をしておったのう。あれが持つに相応しい刀であったわ。うむ、小寺の仕業か」
本当にそうであろうか?
「そういえば、その際に小寺殿との取次ぎをなされたのは、羽柴様ではございませんか?」
「うむ、左様であった!」
「もしかではございますが、羽柴様に知恵を与えているのは、小寺殿かもしれません」
「左様じゃな……、そう思えば、そう思う。あれは猿知恵が働くだけ、そこまで何も考えられまい。うむ、乱丸よ、おぬしは賢しいのう。愛いやつじゃ、こちらへこい」
乱は、殿の傍に進み出て、しな垂れかかる。
「愛いやつ、愛いやつ」
殿は、乱の身体を弄りながら、頬や首筋に唇を押し当てる。
乱は、
「殿、擽っとうございまする」
と、くねくねと身を捩る。
人前というのに………………太若丸と目が合うと、にやりと笑う………………いったい、何を………………?
「ですが、羽柴様も此度は目覚ましいご活躍……、殿もそろそろお許しになられては?」
こやつは、いったい何を?
「うむ、そうじゃな……、乱丸がそこまでいうのなら……」
殿は、乱の一言で秀吉を許した………………あれほど、秀貞や信盛、十兵衛には気をつけろと言ったのに………………
こやつは、いったい何なのだ?
何を知っているのというかのか?
殿の何を知っているのか?
織田家の何を知っているのか?
秀吉の何を知っているのか?
小寺の謁見の話は二年前………………まだ、殿の小姓にもなっていない、どこにいたのかも分からないのに、なぜ知っているのか?
そして、なぜ秀吉を許せというか?
殿も、なぜ小姓ごときの、しかも新参者の話を聞いて許されるのか………………
こやつ、侮れぬと思った。
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