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第四章「偏愛の城」
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重臣信盛は本願寺相手、勝家は北陸で上杉と対峙、十兵衛は丹波・丹後攻め、となると残るは惟住(丹羽)長秀、羽柴秀吉になるのだが………………
「ならば、拙者が!」
名乗りを上げたのは、長秀である。
まあ、順番からいくとそうなるだろう。
「いや、おぬしは……」と、殿は首を振った、「安土の普請があろうが。それを急げ」
長秀は、思い出したように「畏まり候」と頭を下げた。
「そうなると………………」
残るはただ一人 ―― 皆の視線が、その男に集中する。
だが殿が、その男を播磨攻めの総大将に任じるわけはないだろう。
誰もが、そう思っている ―― 信盛、十兵衛、秀貞を除いて。
「大殿、それならば……」、沈黙を破ったのは、また信忠である、「筑前がよろしいでしょう」
「筑前? 〝猿〟にか?」
殿は、ぎろっと秀吉を睨みつける。
後ろで小さくなっていたが、信長に睨みつけられ、ますます縮こまってしまった。
「のう、筑前、そなたならできるであろう。ひと月余りで播磨を平らげられよう」
「ひ、ひと月でございまするか?」
信忠にそう言われ、秀吉は両目をひん剥いた。
何としても、秀吉の面目を回復してやりたい信忠の心遣いであろう。
だが、敵味方が入り乱れ、名のある武将が乱立する播磨を、ひと月で制するのは無理であろう。
「ひと月は………………」
「できるであろう、のう?」
信忠の気持ちは分かるが、流石の秀吉も冷や汗を掻いている ―― むしろ、見ているこちらが可哀そうになる。
「〝猿〟!」
信長に呼ばれ、秀吉はびくりと体を震わせた。
恐る恐る顔を上げる。
「まことに、ひと月で播磨を御せるか?」
秀吉の喉仏が大きく上下する。
殿の命は、できるかではなく、やれである。
できなければ、死あるのみ ―― 越中での突然の退きの件もある ―― 首を差し出し、一族郎党追放は間違いないであろう。
選択肢などないのだ。
「もしひと月でなせば、先の退きの件は帳消しにしてやろう」
秀吉は、かっと目を見開き、
「お任せくだされ!」
と、言い切った。
「この〝猿〟が、ひと月余りで播磨を平らげて見せましょうぞ。何卒、某を播磨にお遣わせくださいませ」
「うむ、今度こそ裏を返すなよ」
殿のきつい一言に、秀吉はうっと喉を詰まらせそうになりながらも、
「承り候!」
と、床にぶつける勢いで頭を下げた。
ごっと、鈍い音がする。
本当に額をぶつけ、皆に笑われていた。
顔を上げた秀吉も、額を真っ赤にしながら笑っていたが、その目にはうっすらと涙が滲んでいる。
とりあえず、信長に許されたという安堵があったのだろう。
そして、秀吉以上に喜んでいたのが、信忠であった。
大殿の術中にはまったなと、信盛、十兵衛、秀貞は冷ややかな目で見ていたが………………
「ならば、拙者が!」
名乗りを上げたのは、長秀である。
まあ、順番からいくとそうなるだろう。
「いや、おぬしは……」と、殿は首を振った、「安土の普請があろうが。それを急げ」
長秀は、思い出したように「畏まり候」と頭を下げた。
「そうなると………………」
残るはただ一人 ―― 皆の視線が、その男に集中する。
だが殿が、その男を播磨攻めの総大将に任じるわけはないだろう。
誰もが、そう思っている ―― 信盛、十兵衛、秀貞を除いて。
「大殿、それならば……」、沈黙を破ったのは、また信忠である、「筑前がよろしいでしょう」
「筑前? 〝猿〟にか?」
殿は、ぎろっと秀吉を睨みつける。
後ろで小さくなっていたが、信長に睨みつけられ、ますます縮こまってしまった。
「のう、筑前、そなたならできるであろう。ひと月余りで播磨を平らげられよう」
「ひ、ひと月でございまするか?」
信忠にそう言われ、秀吉は両目をひん剥いた。
何としても、秀吉の面目を回復してやりたい信忠の心遣いであろう。
だが、敵味方が入り乱れ、名のある武将が乱立する播磨を、ひと月で制するのは無理であろう。
「ひと月は………………」
「できるであろう、のう?」
信忠の気持ちは分かるが、流石の秀吉も冷や汗を掻いている ―― むしろ、見ているこちらが可哀そうになる。
「〝猿〟!」
信長に呼ばれ、秀吉はびくりと体を震わせた。
恐る恐る顔を上げる。
「まことに、ひと月で播磨を御せるか?」
秀吉の喉仏が大きく上下する。
殿の命は、できるかではなく、やれである。
できなければ、死あるのみ ―― 越中での突然の退きの件もある ―― 首を差し出し、一族郎党追放は間違いないであろう。
選択肢などないのだ。
「もしひと月でなせば、先の退きの件は帳消しにしてやろう」
秀吉は、かっと目を見開き、
「お任せくだされ!」
と、言い切った。
「この〝猿〟が、ひと月余りで播磨を平らげて見せましょうぞ。何卒、某を播磨にお遣わせくださいませ」
「うむ、今度こそ裏を返すなよ」
殿のきつい一言に、秀吉はうっと喉を詰まらせそうになりながらも、
「承り候!」
と、床にぶつける勢いで頭を下げた。
ごっと、鈍い音がする。
本当に額をぶつけ、皆に笑われていた。
顔を上げた秀吉も、額を真っ赤にしながら笑っていたが、その目にはうっすらと涙が滲んでいる。
とりあえず、信長に許されたという安堵があったのだろう。
そして、秀吉以上に喜んでいたのが、信忠であった。
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