本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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 そのあとは、此度の戦で誰が活躍したかという話になった。

 やはり、先鋒の順慶に功績があるとの話になったが、藤孝の息子たちも立派な働きであったと、殿は大いに称賛された。

「確かに陽舜房殿らの活躍は目覚ましいのもがござりましたが………………」と、断ったうえで総大将であった信忠が口を開いた、「筑前の活躍も素晴らしいものがござりました」

 秀吉の名が出てきて、その場が静まった。

 殿は、じろりと秀吉に目をやる。

 秀吉は、後ろのほうで小さくなっている。

 北陸の前線を勝手に退き、殿の恩情で此度の戦に加わることができたのだ。

 信忠は、どうしても秀吉を持ち上げようとする。

 殿は………………

「左様か」

 と、そっけない。

 秀貞や信盛、十兵衛には十分注意せよと話した相手である ―― 警戒を解かぬのも致し方ないが………………

「弾正殿の退治も済んだ。此度の一件は、弾正殿の独断ではあるまい。恐らくは、公方か……、毛利か……、今度は毛利退治をせねばなるまいのう」

「上杉も」

 信盛の言葉に、信長は頷く。

「そうなると四方敵 ―― 大戦になろうて。それこそ、おぬしらの力が必要じゃ」

「某らは、大殿、殿ために一丸となって戦仕る」

「頼りにしておるぞ、右衛門尉。おぬしはもちろん、このまま大坂攻めをしてもらいたい。北陸は修理亮、東海は徳川殿がおる。さて、西国となると毛利じゃが……となると、その前に………………」

「丹波、丹後、播磨が横たわりまする」

 十兵衛が口を開いた。

「うむ、十兵衛、引き続き、丹波、丹後を頼むぞ。与一郎、手伝ってやれ」

「御意」、藤孝が頭を下げる。

「さて、播磨だが………………」

 と、家臣たちを見回す。

 本来なら秀吉だが、例の件があって任せられまい ―― というのが、ほとんどの家臣が思っているようだ。

 となると………………

「それならば、某が」

 進み出たのは、信忠である。

「おぬしは………………」

 信長は呆れ顔だ。

「殿、殿は織田家の棟梁。棟梁が岐阜を留守にし、自ら西国に進み出るのは如何様かと………………」

 信忠を諫めたのは、珍しく宿老林秀貞である。

 普段は寡黙で、こういった軍議ではほとんど口を出さない男である。

 それが珍しく口を開いたかと思えば、主君を諭したのだから、信長だけでなく、他の家臣たちも酷く驚いていた。

 あの時の殿の頼みが効いたか?

 ただ、父や他の家臣たちの目の前で諭された信忠は、酷く気分を害したようだ。

「なにを? 此度は織田の行く末を決める戦なれば、織田家の当主が出陣せずして、如何にとやせん?」と、むきになっている、「おぬし、織田家当主に恥をかかせるつもりか?」

「左様なこと、滅相もございませぬ。されど、殿が岐阜を離れれば、甲斐の武田が動き出しましょう。殿には、織田の城である岐阜を守るという立派なお役目がございまする」

「毛利攻めも、立派な役目ぞ!」

「それでも、なお、毛利攻めに拘れるならば、この白髪首を取ってから、ご出陣あそばせ」

 秀貞は、真っ白になった頭を下げ、信忠に首筋を差し出した。

「おのれ!」

 信忠が刀に手をかける。

「お控えくだされ、殿! 大殿の御前でござりまする」

 長秀や秀吉が止めに入り、何とか信忠を落ち着かせた。

 その様子を見ていた信長は、大きなため息をついたあと、

「ほかに、播磨を攻めるものはおらぬか?」

 と、再び家臣たちを見回した。
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