本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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「村井殿の話では、集まった人々は、子どもたちの最期の姿を涙なしでは見ていられなかったとか………………」

 信盛が、殿の様子を伺いながら口を開いた。

「武門の子として生まれれば、それも覚悟の上、当たり前のことでござる」

 信忠の言葉に、長秀が頷く。

「それは武家の理、禁中や町屋衆には通じぬこと。むしろ、お涙頂戴は垂涎の話、判官(源義経)殿が今でも巷間の口にあがるように、斯様な話も後世まで残りましょうぞ」

 秀貞が、横から口を挟む。

 信忠は、ぎろりと睨みつける。

「されど……、人の噂も七十五日とも申します。とかくみやこの人々は飽きやすい。斯様な話も、ゆくゆくは消えてなくなるしょう」

 十兵衛の言葉に、今度は藤孝や順慶が頷いた。

「斯様な話をかき消すようなことをすれば宜しいのですが………………」

「ならば……、鷹狩りでも催すか?」

 殿が口を開く。

「鷹狩りでございますか?」

「勘九郎の三位中将の礼にも伺わねばなるまい。そのついでに………………」

「それならば、すでに済ませました」

 十月十二日、織田秋田城介信忠は、此度の松永弾正退治の褒美として、帝より三位中将を拝命した。

 その礼として信忠は、侍従三条公宣さんじょうきみのぶを通して太刀代と黄金三十枚を献上する。

「それは、おぬしの礼。儂も礼をせねば、禁裏でまた口煩くいわれよう」

「御尤もで」

 藤孝は頷く。

「佐渡守も申したであろう。京の連中は斯様な話が好物じゃ。ただの野良犬を、仕舞いには顔は猿で、胴体は狸、手足が虎で、尻尾が蛇などという。小さなことがデカくなる。デカくなればいいが、余計な尾がついて悪く言われることが多々じゃ。そこは気をつけねばならぬ。弾正殿も、散々の言われようではないか」

「あれは、自業自得でございましょう」

 と、仇敵順慶。

 天正五(一五七七)年十月十日、信忠は早朝より信貴山城の攻撃を令した。

 先鋒は順慶である。

 積年の恨みを晴らさんと猛攻撃を仕掛けるが、松永軍も必死で防ぎ、一度はこれを退けた。

 流石は、久秀自慢の城である。

 なかなか落ちぬと手をこまねいていたが、そのうち三の丸辺りから火の手があがった ―― 順慶に内通する森好久もりよしひさら鉄砲隊二百名が反乱を起こしたのだ。

 これを好機と見た信忠は、信盛らに総攻撃を命じた。

 最早これまでと、松永弾正久秀は天守に火を放ち、息子久通とともに自刃する。

 大阪本願寺や毛利からの救援があると思っていたのか、最後まで殿の助命には首を縦に振らず、武人として華々しい最期を迎えた。

「巷では、大殿に渡したくないからと、名物の平蜘蛛に火薬を入れて、それを抱いて爆死したなどと………………」

「みろ、尾ひれがついてくるではないか。儂も、平蜘蛛を渡せば許してやるなどと言っておらんし、弾正殿も、それを渡せば許されるとも思わぬであろう」

「されど、春日明神様の天罰ではと………………」

 奇しくも十年前の永禄十(一五六七)年十月十日、東大寺の大仏殿が焼け落ちた。

 大仏殿の消失は久秀のせいではないのだが………………、巷の人々は春日明神様のなせる業だと噂した。

「大仏殿が焼け落ちた日になくなるとは、大悪党の弾正殿らしいな。地獄へは行けたかのう?」

 殿は笑われていたが、どこか寂しそうであった。

「まあ、いずれにしろ、小さなことが大事に至ることもある。勘九郎も、三位中将になったのだから、その点には十分注意してことをなさねばならぬ」

「御意に」

 信忠は、神妙に頭を下げた。
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