本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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「恐れ入ります」

 そこに入ってきたのは、信忠である。

 後ろに林佐渡守秀貞はやしさどのかみひでさだと長秀が控えている。

「なんじゃ? 明日は出陣じゃぞ。総大将が遅くまで起きていては、明日の戦に響くぞ」

 殿は、なかなか寝付かない子を諭すように言った。

 織田家の当主を譲ったとはいえ、親子の関係に変わりはない。

 殿にとって、信忠はまだ勘九郎………………子どもなのだ。

「大殿に、お願いの儀があり、参りました」

「何用か? もっと兵をつけろというか? ならば………………」

 信忠は首を振る。

「では……?」

 信忠は、すっと大きく息を吸った後、覚悟を決めたように口を開いた。

「筑前守の件、お許しをいただきたく………………」

「なに?」

 殿は、眉を吊り上げる。

「どうか……、筑前守をお許しください」

 織田の当主が、手をついて頭を下げる。

「止めんか、勘九郎!」、殿の怒声が夜の安土に響き渡った、「織田の当主たるものが、たかが〝猿〟一匹に、何たる無様な! 頭をあげぃ!」

「あげませぬ! 大殿からお許しをえるまでは、頭をあげませぬ!」

 余計に頭を下げる。

 この頑なな姿、誰かにそっくりだ。

 ひとりの武将に拘るところも。

 しかし、殿が久秀に拘るように、勘九郎君も何故秀吉に拘るのか?

 確かに、織田一の働きものではあるが………………

「おのれ! 頭を上げぬと、そなたの首も刎ねるぞ! 太若丸、刀を持て!」

 殿、それは………………今にも刀を取ろうとする殿を、信盛や十兵衛たちも止めに入った。

 そこに、長秀が進み出る。

「大殿、某からも、何卒お願い仕る!」

「なに! おぬしも首を切られたいか!」

「羽柴殿は織田一の働きもの、忠臣にございまする。これを一回の過ちで失うは、あまりにもったいのうございまする」

「一回の過ちじゃと? はははは………………」、殿のから笑い………………なんとも不気味だ、「過ちどころではないわ! 修理亮(柴田勝家)のめいは、儂の命も同じ。それに従わぬは、儂に従わぬも同じ! 過ちどころか、儂への謀反じゃ!」

「それは……、羽柴殿にも、羽柴殿の考えがございまして………………」

「〝猿〟が考えごとなどできるか! 修理亮の命を聞いて、素直に動いておればよいではないか! お陰でどうじゃ、あいつが勝手に陣を退いたせいで、修理亮は散々な戦であったのだぞ!」

 秀吉とのごたごたがあったが、勝家はそのまま軍を七尾城に向けた。

 一向門徒の抵抗でなかなか進まなかったが、それでも手取川を越え、あと一歩というところで報せが入った。

 七尾城が落ちたという ―― それが九月十五日のこと。

 勝家が手取川を渡ったのが二十三日。

 七日以上も前に、遊佐続光ゆさつぐみつらが上杉と内通し、長続連一族を皆殺しにして、謙信を城内へと入れた。

 謙信は、織田軍の進軍に備え、手取川近くの松任城に入ったとか。

 これは拙いと、勝家は直ちに撤退を命じた。

 だが、謙信はこれを八千の兵で追いかける。

 何とか逃げ切った勝家だったが、千人余りが打ち取られ、あげく増水した川で多くの将兵が流されたとか………………

 こういった状況に陥ったのも、〝猿〟が修理亮の命を聞かなかったからだ………………というのが、殿の考えだ。
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