本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
327 / 498
第四章「偏愛の城」

52

しおりを挟む
 孫が可愛い久秀のこと、必ずや折れると思ったのか?

 それとも、松永との一戦を覚悟したのか?

 いずれにしても、久秀は動かなかった。

 仕方なく、矢部家定やべいえさだ福富秀勝ふくとみひでかつに命じ、久秀の孫たちを永原の佐久間盛明の邸宅から京都所司代村井貞勝の屋敷へと移送させた。

「弾正殿は如何に?」

「城に籠ったままでござります」

「本当に首を落とすぞと、再度使いを出せ!」

 早馬が飛ぶが、信貴城は固く門を閉じたままだった。

 それでも、殿は久秀の処遇に悩んでいたようだ。

 ただ気が合うだけなのか?

 単なる茶飲み仲間としての矜持か?

 それとも、あの男に殿の目にかなう、それ以上の才 ―― 『王たろうとするもの』としての才があるというのか?

 何を迷われているのか?

 殿は、ときとしてこういうことがある。

 なんでもひとりで、すぐさま物事を決めるように見られているが、意外に思料深いというか、判断に悩むことが多い。

 考えている間に、状況が悪化することが多いのだが………………

 京都所司代の村井貞勝から書状が届く。

 久秀の孫の処遇に関してである。

 孫たちは、すでに覚悟をしているとのこと。

 十三歳と十二歳 ―― 器量よしとのこと。

 これらの首を切るのは、あまりに忍びない。

 生かせば、きっと大殿のお役に立つだろうと、貞勝は何とかならぬかと働いたようだ。

 孫たちに、

『明日にも内裏に駆け込み、助命の執り成しをしてくれるよう嘆願なさい』

 と、髪を整えられる仕度をし、綺麗な着物も用意して、いつでも出奔できるようにしていたらしい。

 だが、孫たちは、

『身なりのことはもっともなことでございますが、御助命をお聞き入れくださることはありますまい』

 と、答えたという。

『それでは……、ともかく親兄弟に書状を認めるがよい』

 と、紙と硯を与えたという。

 彼らは筆をとり、紙に何事か走らせようとしたようだが、

『この際では、親に書状を送ったところで、何になりましょうや』

 と、手を止め、

『これまで親身にしていただき、まことに忝く候』

 とだけ書きつけ、預かり許の佐久間盛明に送ったという。

 貞勝の書状には、何とかふたりの命を助けられないかと認められていた。

 読み終えた殿は深いため息を吐き、

「弾正殿は、あの時からすでに覚悟を決めておったか………………」

 と呟き、天を仰ぎ見た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。 その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。 姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...