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第四章「偏愛の城」
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「大殿、ここは一旦七尾への出陣は取り止め、某が信貴山へと赴きまする」
どういった経緯で大坂の最前線である、しかも重要な砦を焼き払い、勝手に引き揚げたのか………………信盛自ら問いただすという。
「いちいち狼狽えるな」
大坂攻めの前線が崩れたのである。
家臣たちはかなり動揺しているようだが、殿は至って冷静である。
「弾正殿(久秀)のことだ、またいつもの病であろう」
裏切りという病らしい。
「あれと親しい松井に、如何なる仔細で陣を解いたか、何か思うところがあれば何でも望みをかなえてやると使えに出さそう」
すぐさま堺代官であった祐筆の松井由友閑が飛んだ。
だが、久秀は信貴城の城門を固く閉ざしたままだとか。
なすすべもなく、友閑は首を傾げて帰ってくる始末。
そればかりか、信貴城の増築を始めたとか。
「松永は、いったい何を企んでおるのやら?」
信盛も首を傾げる。
「企むも何も、あれの考えておることなど、ただ一つにございましょう」
順慶は嗤笑している。
「織田を裏切り、勝てるとみたか? ならば、笑止。この時勢を見抜けぬ男ではないであろう」
信盛は憤る。
「この時勢だからではござりませぬか? 北が煩くなっているときを狙って動き出すとは。恐らくは大坂方か、毛利……、いや、足利公から何らかの良き話があったのでは?」
長岡(細川)藤孝の言葉に、他の家臣たちも頷く。
「やはり、あれは仕留めておくべきだったか………………」
信盛は随分苦々しそうだ。
「いまさらそのようなことを申しても、仕方がありますまい。いまは松永を如何にすべきかです」、信忠は信長に向き直り、「某が直ちに大和に赴き、松永の首を取ってまいりましょう」
「早まるな、勘九郎(信忠)、まだ弾正が裏切ったと明らかになったわけではない」
これでもまだ、殿は久秀に執着するか?
信忠はじめ、家臣たちも一様に驚いている。
「父上、なぜそこまで松永に拘るのでござりまするか?」
殿は、ぽつりと呟いた。
「あれは……、『王たろうとするもの』だ………………」
王?
あの悪党が?
殿は、何を言われているのか………………
信忠も、他の家臣たちも困惑気味に顔を見合わせる。
「そちは如何に考える?」
信長は、ひとり冷静な面持ちで座していた男に声をかける。
「『王たろうとするもの』が、必ずや『王としての資質を持つ』とは限りませぬ。松永殿には、松永殿の『王道』があり、大殿には大殿の『王道』がありましょう。お互いの『道』が交わることなど稀。王の『道』が塞がれれば、どちらかが『道』を譲らねばなりませぬ。それが松永殿か? 大殿か………………」
他の者たちは、十兵衛の言葉を静かに聞いていた。
太若丸も、じっと耳を傾ける。
流石が、十兵衛である ―― 胸に染みる言葉である。
きっと殿も………………殿を見ると、目を瞑り、何やら思案している。
十兵衛の言葉を、きっと反芻しているのだろう。
徐に目を開き、
「儂の『道』には……、不服か?」
「それぞれには、それぞれの『道』がございまする。特に、『王たろうとするもの』には………………」
殿は、じっと十兵衛を見つめたあと、
「弾正殿に、城を明け渡さぬば、孫どもの首を刎ねると伝えよ」
すぐさま使者が飛んだ。
どういった経緯で大坂の最前線である、しかも重要な砦を焼き払い、勝手に引き揚げたのか………………信盛自ら問いただすという。
「いちいち狼狽えるな」
大坂攻めの前線が崩れたのである。
家臣たちはかなり動揺しているようだが、殿は至って冷静である。
「弾正殿(久秀)のことだ、またいつもの病であろう」
裏切りという病らしい。
「あれと親しい松井に、如何なる仔細で陣を解いたか、何か思うところがあれば何でも望みをかなえてやると使えに出さそう」
すぐさま堺代官であった祐筆の松井由友閑が飛んだ。
だが、久秀は信貴城の城門を固く閉ざしたままだとか。
なすすべもなく、友閑は首を傾げて帰ってくる始末。
そればかりか、信貴城の増築を始めたとか。
「松永は、いったい何を企んでおるのやら?」
信盛も首を傾げる。
「企むも何も、あれの考えておることなど、ただ一つにございましょう」
順慶は嗤笑している。
「織田を裏切り、勝てるとみたか? ならば、笑止。この時勢を見抜けぬ男ではないであろう」
信盛は憤る。
「この時勢だからではござりませぬか? 北が煩くなっているときを狙って動き出すとは。恐らくは大坂方か、毛利……、いや、足利公から何らかの良き話があったのでは?」
長岡(細川)藤孝の言葉に、他の家臣たちも頷く。
「やはり、あれは仕留めておくべきだったか………………」
信盛は随分苦々しそうだ。
「いまさらそのようなことを申しても、仕方がありますまい。いまは松永を如何にすべきかです」、信忠は信長に向き直り、「某が直ちに大和に赴き、松永の首を取ってまいりましょう」
「早まるな、勘九郎(信忠)、まだ弾正が裏切ったと明らかになったわけではない」
これでもまだ、殿は久秀に執着するか?
信忠はじめ、家臣たちも一様に驚いている。
「父上、なぜそこまで松永に拘るのでござりまするか?」
殿は、ぽつりと呟いた。
「あれは……、『王たろうとするもの』だ………………」
王?
あの悪党が?
殿は、何を言われているのか………………
信忠も、他の家臣たちも困惑気味に顔を見合わせる。
「そちは如何に考える?」
信長は、ひとり冷静な面持ちで座していた男に声をかける。
「『王たろうとするもの』が、必ずや『王としての資質を持つ』とは限りませぬ。松永殿には、松永殿の『王道』があり、大殿には大殿の『王道』がありましょう。お互いの『道』が交わることなど稀。王の『道』が塞がれれば、どちらかが『道』を譲らねばなりませぬ。それが松永殿か? 大殿か………………」
他の者たちは、十兵衛の言葉を静かに聞いていた。
太若丸も、じっと耳を傾ける。
流石が、十兵衛である ―― 胸に染みる言葉である。
きっと殿も………………殿を見ると、目を瞑り、何やら思案している。
十兵衛の言葉を、きっと反芻しているのだろう。
徐に目を開き、
「儂の『道』には……、不服か?」
「それぞれには、それぞれの『道』がございまする。特に、『王たろうとするもの』には………………」
殿は、じっと十兵衛を見つめたあと、
「弾正殿に、城を明け渡さぬば、孫どもの首を刎ねると伝えよ」
すぐさま使者が飛んだ。
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