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第四章「偏愛の城」
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葉月に入り、七尾城から長続連の息子である長連龍が安土にやってきた。
助力願いである。
「上杉の襲来にともない、味方はすぐさま七尾に籠り応戦、その数一万五千………………」
急な襲撃に、籠城の仕度ができなかった。
その一方で、上杉との一戦と意気込んで、百姓まで動員をかけたので数が膨れあがった。
頑強な山城であることが災いし、城内に大量の屎尿がたれ流しとなり、疫病が生じているとか。
兵糧も付き始めた。
「それでは、戦どころではないではないか」
連龍の話を聞き、殿は眉を顰める。
「お言葉のとおりで……、そこに主君春王丸様が病に身罷られ、士気は悉く低下、このままでは持ちこたえることができず、落城も最早時次第かと………………、我が父は、一日も早い織田様の助力を願っております」
春王丸が亡くなったということは、能登畠山氏は滅亡、これを守る必要もないが、七尾城が落ちれば、一気に上杉が越前まで攻め寄せるやもしれぬ。
「相分かった、修理亮に直ちに助力に向かわせよう」
「有難き幸せ」
言葉通り、八日には柴田修理亮勝家を総大将として、七尾城救援の軍が派遣された。
滝川一益、惟住(丹羽)長秀、斎藤新五、氏家直道、安藤守就、稲葉一鉄、勝家の与力格で府中三人衆の不破光治・前田利家・佐々成政、原政茂、金森長近及び若狭衆とともに、播磨遠征の仕度をしていた羽柴秀吉も加えられ、七尾城へと進軍した。
能登に入るには、加賀を通らねばならぬ。
一向門徒が、織田軍を簡単に通してくれるはずもなく、前線からは遅々として進まずとの報せが次々にやってくる。
猛将勝家にして、それほど手間取るか………………軍がもたついている状況が、味方にとっては危うく、敵にとっては好機となる。
上杉に呼応して、毛利や本願寺が動き出すやもしれぬと、殿自らの出馬を決意した矢先であった。
「申し上げます!」
諸将を集め『三献の儀』をしている最中に、近習が血相を変えて飛び込んできた。
「何事か! 三献の最中であるぞ!」
佐久間信盛が叱りつける。
「申し訳ございませぬ」
「苦しゅうない、申せ」
殿は、目の前に仕度された御膳 ―― 勝ち栗、打ち鮑、昆布 ―― に箸を伸ばしながら、耳を傾ける。
「はっ、天王寺砦より火急の報せ。松永父子、砦を焼き払い、大和へと退いた模様」
「なに!」
集まった武将たちは一様に驚いた様子であったが、一番大きな声を出していたのは信盛であった。
「そは実か?」
「ただいま物見が松永殿の跡を追っておるとのこと」
続いて入ってきた報せは………………
「松永殿、信貴山に立て籠もったとの由に」
大坂攻めの際に、与力として松永親子を抱えていた信盛には、その裏切りが衝撃だったのだろう。
織田家の重臣として、面目を潰されたに等しい。
珍しく憤った顔をしていた。
だが、他の家臣たちは〝然もありなん〟といった様子だ。
やはり、松永弾正久秀 ―― 油断ならぬ男だったようだ。
助力願いである。
「上杉の襲来にともない、味方はすぐさま七尾に籠り応戦、その数一万五千………………」
急な襲撃に、籠城の仕度ができなかった。
その一方で、上杉との一戦と意気込んで、百姓まで動員をかけたので数が膨れあがった。
頑強な山城であることが災いし、城内に大量の屎尿がたれ流しとなり、疫病が生じているとか。
兵糧も付き始めた。
「それでは、戦どころではないではないか」
連龍の話を聞き、殿は眉を顰める。
「お言葉のとおりで……、そこに主君春王丸様が病に身罷られ、士気は悉く低下、このままでは持ちこたえることができず、落城も最早時次第かと………………、我が父は、一日も早い織田様の助力を願っております」
春王丸が亡くなったということは、能登畠山氏は滅亡、これを守る必要もないが、七尾城が落ちれば、一気に上杉が越前まで攻め寄せるやもしれぬ。
「相分かった、修理亮に直ちに助力に向かわせよう」
「有難き幸せ」
言葉通り、八日には柴田修理亮勝家を総大将として、七尾城救援の軍が派遣された。
滝川一益、惟住(丹羽)長秀、斎藤新五、氏家直道、安藤守就、稲葉一鉄、勝家の与力格で府中三人衆の不破光治・前田利家・佐々成政、原政茂、金森長近及び若狭衆とともに、播磨遠征の仕度をしていた羽柴秀吉も加えられ、七尾城へと進軍した。
能登に入るには、加賀を通らねばならぬ。
一向門徒が、織田軍を簡単に通してくれるはずもなく、前線からは遅々として進まずとの報せが次々にやってくる。
猛将勝家にして、それほど手間取るか………………軍がもたついている状況が、味方にとっては危うく、敵にとっては好機となる。
上杉に呼応して、毛利や本願寺が動き出すやもしれぬと、殿自らの出馬を決意した矢先であった。
「申し上げます!」
諸将を集め『三献の儀』をしている最中に、近習が血相を変えて飛び込んできた。
「何事か! 三献の最中であるぞ!」
佐久間信盛が叱りつける。
「申し訳ございませぬ」
「苦しゅうない、申せ」
殿は、目の前に仕度された御膳 ―― 勝ち栗、打ち鮑、昆布 ―― に箸を伸ばしながら、耳を傾ける。
「はっ、天王寺砦より火急の報せ。松永父子、砦を焼き払い、大和へと退いた模様」
「なに!」
集まった武将たちは一様に驚いた様子であったが、一番大きな声を出していたのは信盛であった。
「そは実か?」
「ただいま物見が松永殿の跡を追っておるとのこと」
続いて入ってきた報せは………………
「松永殿、信貴山に立て籠もったとの由に」
大坂攻めの際に、与力として松永親子を抱えていた信盛には、その裏切りが衝撃だったのだろう。
織田家の重臣として、面目を潰されたに等しい。
珍しく憤った顔をしていた。
だが、他の家臣たちは〝然もありなん〟といった様子だ。
やはり、松永弾正久秀 ―― 油断ならぬ男だったようだ。
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