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第四章「偏愛の城」
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「まあ、良いではありませぬか、今日ぐらいは。目出度い席、そうそう渋い顔をなさるな。ほれほれ」
殿の指示で、太若丸は前久の杯に濁酒を注ぐ。
前久は、息子に厳めしい顔を向けながらも、ぐいぐいと杯を開け、空になると、また……と杯を寄こした。
酒好きは血のようだ。
「して、某が危ういとは?」
「ん? ああ……」、前久は思い出したように、「先の戦で、内府殿が苦戦しており、此度は負けるのではと」
「ほう、それはそれは面白い」
村井貞勝からの報せ通りである。
「雑賀から引き揚げられたのは、負けたからだと」
「ほうほう、それもまたまた面白い」
「どうにも、公方がその噂を流しておるとか」
殿は、けらけらと笑う。
「笑い事ではござりませぬぞ、内府殿。例え嘘であろうと、それが広がり、皆が信じればまことになりまする」
「公方の話など、いまどき誰が信じましょう? 近衛殿は、お信じになられるので?」
「左様のことはござりませぬが………………、公方にそそのかされて毛利や上杉が動いては………………」
「毛利も、うつけではござりません。公方を抱え込んでいるからといって、雑賀も頭を垂れ、大坂も動けぬ現状をみれば、そうそう簡単には動きますまい。公方を相手にする者がおりまするか? 上杉? 武田? 北条?」
「上杉も、一昨年より虎視眈々と上洛を試みておるようで………………」
越後の虎 ―― 不識庵謙信が七尾城を取り囲んだという報せは、越前にいる柴田勝家から届いている。
七尾城は、能登国守護畠山氏の居城である。
非常に頑強な山城で、昨年謙信が越中に侵攻した際には、畠山氏の家臣長続連が当主春王丸とともに立て籠もり、周辺の出城を悉く落とされ、孤立する中でも、これをよくよく守り抜いた。
謙信は、北条氏の動きにともなって、七尾城の支城に将兵を残して退いたが、続連はすぐさまこれを奪還する。
対する謙信も取って返し、再び七尾を包囲した。
越中は、すでに謙信の配下にある。
越前の隣国加賀は『百姓の持ちたる国』 ―― 一向門徒の勢力下にある。
大坂本願寺と上杉氏は手を結んでいる。
能登を取られれば、越前の前線と一気に接近する。
昨日の味方は、今日の敵 ―― 織田と上杉は、もともと同盟関係にあった ―― 濃越同盟である。
当時、畿内の制圧に力を尽くしていた織田には、武田に兵力を割く余力もなく、同盟徳川氏の領地を侵されても、碌な援助もできなかた。
一方の謙信も、武田の調略によって混乱をきたした隣国越中を鎮めるべく奔走。
これ以上、武田の好き勝手にしておくことはできないと、この同盟はなった。
その関係は徳栄軒信玄が亡くなった後も続いていたが、つい先年、本願寺と上杉が手を組んだことで終わった。
大坂本願寺としては、何としても織田の動きを封じたい。
謙信も、これ以上一向門徒が騒ぐのを阻止したい。
こちらも利害関係が一致した。
殿の指示で、太若丸は前久の杯に濁酒を注ぐ。
前久は、息子に厳めしい顔を向けながらも、ぐいぐいと杯を開け、空になると、また……と杯を寄こした。
酒好きは血のようだ。
「して、某が危ういとは?」
「ん? ああ……」、前久は思い出したように、「先の戦で、内府殿が苦戦しており、此度は負けるのではと」
「ほう、それはそれは面白い」
村井貞勝からの報せ通りである。
「雑賀から引き揚げられたのは、負けたからだと」
「ほうほう、それもまたまた面白い」
「どうにも、公方がその噂を流しておるとか」
殿は、けらけらと笑う。
「笑い事ではござりませぬぞ、内府殿。例え嘘であろうと、それが広がり、皆が信じればまことになりまする」
「公方の話など、いまどき誰が信じましょう? 近衛殿は、お信じになられるので?」
「左様のことはござりませぬが………………、公方にそそのかされて毛利や上杉が動いては………………」
「毛利も、うつけではござりません。公方を抱え込んでいるからといって、雑賀も頭を垂れ、大坂も動けぬ現状をみれば、そうそう簡単には動きますまい。公方を相手にする者がおりまするか? 上杉? 武田? 北条?」
「上杉も、一昨年より虎視眈々と上洛を試みておるようで………………」
越後の虎 ―― 不識庵謙信が七尾城を取り囲んだという報せは、越前にいる柴田勝家から届いている。
七尾城は、能登国守護畠山氏の居城である。
非常に頑強な山城で、昨年謙信が越中に侵攻した際には、畠山氏の家臣長続連が当主春王丸とともに立て籠もり、周辺の出城を悉く落とされ、孤立する中でも、これをよくよく守り抜いた。
謙信は、北条氏の動きにともなって、七尾城の支城に将兵を残して退いたが、続連はすぐさまこれを奪還する。
対する謙信も取って返し、再び七尾を包囲した。
越中は、すでに謙信の配下にある。
越前の隣国加賀は『百姓の持ちたる国』 ―― 一向門徒の勢力下にある。
大坂本願寺と上杉氏は手を結んでいる。
能登を取られれば、越前の前線と一気に接近する。
昨日の味方は、今日の敵 ―― 織田と上杉は、もともと同盟関係にあった ―― 濃越同盟である。
当時、畿内の制圧に力を尽くしていた織田には、武田に兵力を割く余力もなく、同盟徳川氏の領地を侵されても、碌な援助もできなかた。
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これ以上、武田の好き勝手にしておくことはできないと、この同盟はなった。
その関係は徳栄軒信玄が亡くなった後も続いていたが、つい先年、本願寺と上杉が手を組んだことで終わった。
大坂本願寺としては、何としても織田の動きを封じたい。
謙信も、これ以上一向門徒が騒ぐのを阻止したい。
こちらも利害関係が一致した。
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