本能寺燃ゆ

hiro75

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第四章「偏愛の城」

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 順慶は、黙々と茶器を片付ける。

 信長は、不敵に笑いながらそれを眺めている。

「まあ、大丈夫でござろう。あれも、もう良い年。いまは孫だけが生きがいだとか」

「あれの言葉は………………」

「分かっておる、陽舜房殿は、また弾正殿が裏切ると言われるのであろう?」

「あれは、そういう男でございます。そうやって、世を渡ってきた男でございます」

 陽舜房順慶の筒井氏と松永氏は宿敵 ―― 犬猿の仲である。

 大和の支配を巡って、長きに亙り対立してきた。

 いまでは双方ともに信長の配下ではあるが、いつ衝突するともしれない。

 もともと大和は、興福寺を中心とした寺社勢力の強い土地であった。

 筒井氏は、その興福寺一乗院の有力宗徒で、国人として徐々に力をつけていき、順慶の父である筒井藤松つついふじまつこと栄舜坊順昭えいしゅんぼうじゅんしょうの頃には、筒井城を居城に大和北部を支配下に置いていた。

 筒井藤勝ふじかつ(のちの順慶)が家督を譲り受けたのが天文十九(一五五〇)年、わずか二歳のときである。

 一方の松永久秀は、阿波の土豪とも、摂津の土豪とも、本人が己の素性について多くを語らないので何とも言えないが、三好長慶みよしながよしに取り立てられてから、めきめきと頭角を現し、十三代将軍足利義輝あしかがよしてるの御供衆にまで成り上がった。

 久秀が、河内遠征の残党狩りの名目で大和に侵攻したのが、永禄二(一五五九)年。

 勢いに乗った久秀が、大和を掌握するのに一年もかからなかった。

 ここから順慶と久秀の大和支配を巡る攻防が繰り返される。

 永禄八(一五六五)年、劣勢に立たされていた順慶が、久秀の政権内での専横を快く思っていない三好三人衆(三好長逸みよしながやす三好宋渭みよしそうい岩成友通いわなりともみち)と手を組み、反転攻勢に移ろうとしていた。

 だが、流石に老獪な久秀である。

 この動きをいち早く察知し、逆に筒井城を攻撃。

 奇襲を受けた順慶は、這う這うの体で逃げなければならなかった。

 翌年、久秀が堺で三好義継みよしよしつぐと交戦中に、順慶は筒井城を奪還。

 永禄十(一五六七)年には三好三人衆、池田勝正いけだかつまさらとともに、東大寺周辺で久秀と交戦 ―― 久秀が東大寺大仏殿を焼き払ったのが、このときである………………が、実際は近くにあった三好の兵庫からの失火が大仏殿まで燃え移ったのが原因らしい………………が、殿が久秀を他人に紹介するとき、それを喧伝し、本人も自慢げにしているので、まあ、やったと云われてもしかたがあるまい。

 翌十一(一五六八)年には、信長の配下に入った久秀が、虎の威をかって筒井城を攻撃、順慶は守り切れずに敗走。

 元亀元(一五七〇)年、久秀が順慶の隠れていた福住城を攻撃、順慶はこれをよくよく防ぐ。

 元亀二(一五七一)年、順慶は、信長と関係が悪化した十五代将軍義昭よしあきと接触、この助力を得て久秀を攻撃、大和国人衆も味方に付いたので、ついに本拠地である筒井城を奪還するに至ったのである。

 その後は、塙直政が大和守護として入り、順慶はその与力格となったが、直政は大坂の戦で戦死、一族ともども処断されたので、現状大和の支配は順慶の手の内にあるといってよい。

 順慶は、筒井氏の頭領としての半生を筒井城と大和の奪還、つまり久秀との戦に費やさなければならなかったのだから、表向きはどうあれ、久秀のことは嫌いであるはずだ。

 さらにいえば、何度も信長を裏切っているのだから、大坂を任せて良いのかという懸念もあるだろう。

 なぜ殿は、あんな裏切りものを何度も許し、その懐に入れるだけでなく、仲良く茶まで飲むのか………………まったく以て分からない……………というのが、順慶の本当の気持ちであろう。

 太若丸も分からない。

 どこにあの御仁を信用し、傍近くに置こうとする器量というものがあるのか?

 まあ、それは殿しか分からないのであろう。

「なに、大丈夫、大丈夫」

「十分お気をつけて………………」

 懸念する順慶に、殿は笑いながら小用に立った。
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