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第四章「偏愛の城」
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平井城は、中野城の東にある平城 ―― 鈴木重秀が立て籠もる。
「鉄砲上手の雑賀孫一のこと、激しい戦になるであろう。今宵は深酒をすることなく、ゆっくりと休め」
殿の言葉通り、平井攻めは熾烈を極めた。
重秀は、得意の戦術で鉄砲を絶え間なく撃ってくる。
城に近づく隙さえも与えない。
これに対抗するため、こちら側は竹束で弾を防ぐ。
長篠・志多羅の反対だ ―― 織田が鉄砲を撃ち続け、武田が竹束で防ぎながら攻め寄せていった、あれの反対だ。
ばりばり、ばりばりと、雷のように絶え間なく鳴り響く音。
あちこちであがる叫び声、呻き声。
次々と倒れていく兵たち。
太若丸は、後方の本陣にいるが、鉄砲を撃ちかけられる怖さが手に取るように分かる。
武田勢の兵たちは、よほど恐ろしかったであろう。
まさか、こちら側がその立場になろうとは………………
ただ唯一の救いといえば、足元がしっかりとしていること。
長篠・志多羅のときは、わざと水の張った田んぼの多い土地を戦場に選んだ。
前日の雨のお陰もあって、足元がぬかるみ、攻める武田の兵を苦しめた。
三月頭の、いまだ肌寒い時期 ―― 足場もしっかりとして、ゆっくりであるが、進みやすい。
死者や負傷した兵もでているが、じわりじわりと押している。
向こうが絶え間なく銃を撃ってくるなら、こちらは絶え間なく攻めろと、朝から夜遅くまで兵を繰り出していく。
「半刻ごとに、攻めている兵と休んでいる兵を交代させ、絶え間なく攻めよ! やつらに休む隙をつくらせるな! 攻めて攻めて、攻め続けろ!」
こちらは六万近くの兵力 ―― 幾らでも兵はいる。
撃たれても、撃たれても、次から次へと兵を出す。
一方、守る平井側は二百ほどと思われる。
こちらも兵を二つに分け、片方が撃っている間に、もう一方が弾込めの準備をして、敵に進み出る隙を与えない。
だが、たかが二百の兵では、守る範囲が限られる。
それを二つに分けているので、実際に使用されている鉄砲は百ほど。
しかも、替わりの兵もいないので、朝から晩まで休むことなく攻め寄せてくる織田側に、平井の兵は相当疲れ切っているはずである。
現に、しばらくすると銃の音が遠雷のようにか細くなり、間延びしてきた。
このまま一気に押せば、平井も落ちよう。
殿は、猛攻をかけるように指示を出した………………が、前線より十兵衛の使番が駆けてきた。
「申し上げます、我が主並びに長岡殿が申すには、鈴木孫一は無類の鉄砲上手、これを失うのはあまりのも惜しい。これを懐柔し、殿の配下に加えれば、必ずやお役に立つかとのこと」
使番の言葉に、殿はなるほどと頷いた。
腕組をして、しばし平井城を眺めた後、
「全軍に伝えよ、攻撃を止め、矢倉を建てさせよ。兵糧攻めとする」
すぐさま母衣衆が前線に向けて馬を駆けていった。
「確かに十兵衛の言うとおり、鈴木を亡くすのは惜しい。あれを敵にまわせば面倒だが、味方に付ければ良い働きをしてくれるであろう。うむうむ、十兵衛め、徐々に武将としての勘を取り戻してきたな」
やはり殿も、十兵衛の精気の乏しい様子が気になっていたようだ。
「十兵衛がもとのように戻れば、この戦も大丈夫だろうて」
殿は、にんまりと笑われた。
こんな嬉しそうな殿も、実に久しぶりに見た。
平井城を兵糧攻めにする一方、殿は本陣を山手側と浜手側の真ん中 ―― 鳥取郷の若宮八幡宮に移した。
さらに、堀秀政、不破光治、丸毛長照、武藤舜秀、福富秀勝、中条家忠、山岡景隆、牧村利貞、福田三河守、丹羽氏勝、水野正長、生駒一吉、甥の生駒一正らを根来口に陣取らせる。
これにより、小雑賀川・紀ノ川を封鎖し、雑賀荘・十ヶ郷を完全に包囲した。
「鉄砲上手の雑賀孫一のこと、激しい戦になるであろう。今宵は深酒をすることなく、ゆっくりと休め」
殿の言葉通り、平井攻めは熾烈を極めた。
重秀は、得意の戦術で鉄砲を絶え間なく撃ってくる。
城に近づく隙さえも与えない。
これに対抗するため、こちら側は竹束で弾を防ぐ。
長篠・志多羅の反対だ ―― 織田が鉄砲を撃ち続け、武田が竹束で防ぎながら攻め寄せていった、あれの反対だ。
ばりばり、ばりばりと、雷のように絶え間なく鳴り響く音。
あちこちであがる叫び声、呻き声。
次々と倒れていく兵たち。
太若丸は、後方の本陣にいるが、鉄砲を撃ちかけられる怖さが手に取るように分かる。
武田勢の兵たちは、よほど恐ろしかったであろう。
まさか、こちら側がその立場になろうとは………………
ただ唯一の救いといえば、足元がしっかりとしていること。
長篠・志多羅のときは、わざと水の張った田んぼの多い土地を戦場に選んだ。
前日の雨のお陰もあって、足元がぬかるみ、攻める武田の兵を苦しめた。
三月頭の、いまだ肌寒い時期 ―― 足場もしっかりとして、ゆっくりであるが、進みやすい。
死者や負傷した兵もでているが、じわりじわりと押している。
向こうが絶え間なく銃を撃ってくるなら、こちらは絶え間なく攻めろと、朝から夜遅くまで兵を繰り出していく。
「半刻ごとに、攻めている兵と休んでいる兵を交代させ、絶え間なく攻めよ! やつらに休む隙をつくらせるな! 攻めて攻めて、攻め続けろ!」
こちらは六万近くの兵力 ―― 幾らでも兵はいる。
撃たれても、撃たれても、次から次へと兵を出す。
一方、守る平井側は二百ほどと思われる。
こちらも兵を二つに分け、片方が撃っている間に、もう一方が弾込めの準備をして、敵に進み出る隙を与えない。
だが、たかが二百の兵では、守る範囲が限られる。
それを二つに分けているので、実際に使用されている鉄砲は百ほど。
しかも、替わりの兵もいないので、朝から晩まで休むことなく攻め寄せてくる織田側に、平井の兵は相当疲れ切っているはずである。
現に、しばらくすると銃の音が遠雷のようにか細くなり、間延びしてきた。
このまま一気に押せば、平井も落ちよう。
殿は、猛攻をかけるように指示を出した………………が、前線より十兵衛の使番が駆けてきた。
「申し上げます、我が主並びに長岡殿が申すには、鈴木孫一は無類の鉄砲上手、これを失うのはあまりのも惜しい。これを懐柔し、殿の配下に加えれば、必ずやお役に立つかとのこと」
使番の言葉に、殿はなるほどと頷いた。
腕組をして、しばし平井城を眺めた後、
「全軍に伝えよ、攻撃を止め、矢倉を建てさせよ。兵糧攻めとする」
すぐさま母衣衆が前線に向けて馬を駆けていった。
「確かに十兵衛の言うとおり、鈴木を亡くすのは惜しい。あれを敵にまわせば面倒だが、味方に付ければ良い働きをしてくれるであろう。うむうむ、十兵衛め、徐々に武将としての勘を取り戻してきたな」
やはり殿も、十兵衛の精気の乏しい様子が気になっていたようだ。
「十兵衛がもとのように戻れば、この戦も大丈夫だろうて」
殿は、にんまりと笑われた。
こんな嬉しそうな殿も、実に久しぶりに見た。
平井城を兵糧攻めにする一方、殿は本陣を山手側と浜手側の真ん中 ―― 鳥取郷の若宮八幡宮に移した。
さらに、堀秀政、不破光治、丸毛長照、武藤舜秀、福富秀勝、中条家忠、山岡景隆、牧村利貞、福田三河守、丹羽氏勝、水野正長、生駒一吉、甥の生駒一正らを根来口に陣取らせる。
これにより、小雑賀川・紀ノ川を封鎖し、雑賀荘・十ヶ郷を完全に包囲した。
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