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第四章「偏愛の城」
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根来と三郷からの進出経路が開いたお陰で、山側から侵入した信盛たちは雑賀荘の目前小雑賀川(和歌川)まで難なく進み出て、その対岸に陣を張った。
雑賀衆はこれに対抗するため、本隊は雑賀城に立て籠もり、弥勒寺山、東禅寺山、中津、甲崎、玉津島らの川岸に砦を築き、さらに防御のために柵を立てた。
一方、海岸沿いに進んだ一益らは、丹和(淡輪)から三方に分かれて進出する。
信長は本陣を志立に置き、自らは山側、海側、いづれの街道から進み出るか、湯漬けを食しながら考えていた。
「これは?」
殿は、太若丸の出した香の物を箸で差して訊いた ―― 鞍馬の木の芽漬けである。
木通(あけび)の蔓と山椒を塩漬けにしたものである。
源義経が牛若丸と名乗っていたころ、鞍馬でこれを食していたとか。
「うむ、鼻に抜ける山椒の香りが、またいい……、湯漬けとよくあう」
と、喜んで食べていた。
「お食事のところ、失礼いたします」
山手側の使番が飛び込んでくる。
「苦しゅうない」
使番は、殿の近くまで進み出た。
「申し上げます。風吹峠から小雑賀川へと進んだ佐久間勢、先鋒は堀様、小雑賀川の渡河を試みるも、雑賀の応戦激しく、これを断念、死者多数!」
湯漬けを食していた信長は、驚きで喉に詰まらせてしまった。
ごほごほと咳き込む。
太若丸は、水を差しだし、殿の背中を摩った。
先鋒堀秀政は、小雑賀川まで悠々と進撃できたのに気を許したのだろう。
勢いに乗って一気に押し出した。
だが、川底に逆茂木や槍先などが隠されていたようだ。
それが障害となって、馬も人も足を取られて上手く進まない。
例え進んだとしても、対岸が思ったよりも高く、よじ登れない。
そこに狙いをつけて、雑賀衆がお得意の鉄砲を撃ち込んでいく。
雑賀の鉄砲隊は、二列に隊列を組み、一方が弾を放っている間に、もう一方が弾をこめるという、連続攻撃をしかけてくる。
さらに弓矢もしかけ、秀政の兵は這う這うの体で引き揚げねばならなかった。
ぐいっと喉を鳴らした後、
「菊千代は無事か?」
と、心配そうに尋ねた。
「堀様はご無事で。そのまま兵を引き上げ、いまは対岸で雑賀衆と睨み合っております」
「うむ、菊千代が無事ならそれでよい」
一安心したように、また湯漬けを啜った。
幼名菊千代 ―― 堀久太郎秀政は、子飼いの武将である。
その器量の良さから、秀吉のもとにいたが、小姓として召し抱えられたとか。
随分信長に可愛がられたらしい………………いまの太若丸と同じである。
良いのは器量だけではなく、元服してからは普請奉行などを律儀に熟し、殿の覚えも目出度い。
戦では、本陣にいることが多かったが、此度は信長から離れての出陣 ―― しかも先鋒である。
「良いところを見せようと、気負い過ぎたか? まあ、そういうところが可愛いのだが………………」
と、殿は苦笑していた。
「菊千代も、大将首をあげたいじゃろうが、あれを死なせるわけにはいかん。右衛門尉(佐久間信盛)に、あまり無理をさせるなと伝えよ」
使番はすぐさま飛び出していった。
雑賀衆はこれに対抗するため、本隊は雑賀城に立て籠もり、弥勒寺山、東禅寺山、中津、甲崎、玉津島らの川岸に砦を築き、さらに防御のために柵を立てた。
一方、海岸沿いに進んだ一益らは、丹和(淡輪)から三方に分かれて進出する。
信長は本陣を志立に置き、自らは山側、海側、いづれの街道から進み出るか、湯漬けを食しながら考えていた。
「これは?」
殿は、太若丸の出した香の物を箸で差して訊いた ―― 鞍馬の木の芽漬けである。
木通(あけび)の蔓と山椒を塩漬けにしたものである。
源義経が牛若丸と名乗っていたころ、鞍馬でこれを食していたとか。
「うむ、鼻に抜ける山椒の香りが、またいい……、湯漬けとよくあう」
と、喜んで食べていた。
「お食事のところ、失礼いたします」
山手側の使番が飛び込んでくる。
「苦しゅうない」
使番は、殿の近くまで進み出た。
「申し上げます。風吹峠から小雑賀川へと進んだ佐久間勢、先鋒は堀様、小雑賀川の渡河を試みるも、雑賀の応戦激しく、これを断念、死者多数!」
湯漬けを食していた信長は、驚きで喉に詰まらせてしまった。
ごほごほと咳き込む。
太若丸は、水を差しだし、殿の背中を摩った。
先鋒堀秀政は、小雑賀川まで悠々と進撃できたのに気を許したのだろう。
勢いに乗って一気に押し出した。
だが、川底に逆茂木や槍先などが隠されていたようだ。
それが障害となって、馬も人も足を取られて上手く進まない。
例え進んだとしても、対岸が思ったよりも高く、よじ登れない。
そこに狙いをつけて、雑賀衆がお得意の鉄砲を撃ち込んでいく。
雑賀の鉄砲隊は、二列に隊列を組み、一方が弾を放っている間に、もう一方が弾をこめるという、連続攻撃をしかけてくる。
さらに弓矢もしかけ、秀政の兵は這う這うの体で引き揚げねばならなかった。
ぐいっと喉を鳴らした後、
「菊千代は無事か?」
と、心配そうに尋ねた。
「堀様はご無事で。そのまま兵を引き上げ、いまは対岸で雑賀衆と睨み合っております」
「うむ、菊千代が無事ならそれでよい」
一安心したように、また湯漬けを啜った。
幼名菊千代 ―― 堀久太郎秀政は、子飼いの武将である。
その器量の良さから、秀吉のもとにいたが、小姓として召し抱えられたとか。
随分信長に可愛がられたらしい………………いまの太若丸と同じである。
良いのは器量だけではなく、元服してからは普請奉行などを律儀に熟し、殿の覚えも目出度い。
戦では、本陣にいることが多かったが、此度は信長から離れての出陣 ―― しかも先鋒である。
「良いところを見せようと、気負い過ぎたか? まあ、そういうところが可愛いのだが………………」
と、殿は苦笑していた。
「菊千代も、大将首をあげたいじゃろうが、あれを死なせるわけにはいかん。右衛門尉(佐久間信盛)に、あまり無理をさせるなと伝えよ」
使番はすぐさま飛び出していった。
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