本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
315 / 498
第四章「偏愛の城」

40

しおりを挟む
 根来と三郷からの進出経路が開いたお陰で、山側から侵入した信盛たちは雑賀荘の目前小雑賀川(和歌川)まで難なく進み出て、その対岸に陣を張った。

 雑賀衆はこれに対抗するため、本隊は雑賀城に立て籠もり、弥勒寺山、東禅寺山、中津、甲崎、玉津島らの川岸に砦を築き、さらに防御のために柵を立てた。

 一方、海岸沿いに進んだ一益らは、丹和(淡輪)から三方に分かれて進出する。

 信長は本陣を志立に置き、自らは山側、海側、いづれの街道から進み出るか、湯漬けを食しながら考えていた。

「これは?」

 殿は、太若丸の出した香の物を箸で差して訊いた ―― 鞍馬の木の芽漬けである。

 木通(あけび)の蔓と山椒を塩漬けにしたものである。

 源義経みなもとのよしつねが牛若丸と名乗っていたころ、鞍馬でこれを食していたとか。

「うむ、鼻に抜ける山椒の香りが、またいい……、湯漬けとよくあう」

 と、喜んで食べていた。

「お食事のところ、失礼いたします」

 山手側の使番が飛び込んでくる。

「苦しゅうない」

 使番は、殿の近くまで進み出た。

「申し上げます。風吹峠から小雑賀川へと進んだ佐久間勢、先鋒は堀様、小雑賀川の渡河を試みるも、雑賀の応戦激しく、これを断念、死者多数!」

 湯漬けを食していた信長は、驚きで喉に詰まらせてしまった。

 ごほごほと咳き込む。

 太若丸は、水を差しだし、殿の背中を摩った。

 先鋒堀秀政は、小雑賀川まで悠々と進撃できたのに気を許したのだろう。

 勢いに乗って一気に押し出した。

 だが、川底に逆茂木や槍先などが隠されていたようだ。

 それが障害となって、馬も人も足を取られて上手く進まない。

 例え進んだとしても、対岸が思ったよりも高く、よじ登れない。

 そこに狙いをつけて、雑賀衆がお得意の鉄砲を撃ち込んでいく。

 雑賀の鉄砲隊は、二列に隊列を組み、一方が弾を放っている間に、もう一方が弾をこめるという、連続攻撃をしかけてくる。

 さらに弓矢もしかけ、秀政の兵は這う這うの体で引き揚げねばならなかった。

 ぐいっと喉を鳴らした後、

菊千代きくちよは無事か?」

 と、心配そうに尋ねた。

「堀様はご無事で。そのまま兵を引き上げ、いまは対岸で雑賀衆と睨み合っております」

「うむ、菊千代が無事ならそれでよい」

 一安心したように、また湯漬けを啜った。

 幼名菊千代 ―― 堀久太郎きゅうたろう秀政は、子飼いの武将である。

 その器量の良さから、秀吉のもとにいたが、小姓として召し抱えられたとか。

 随分信長に可愛がられたらしい………………いまの太若丸と同じである。

 良いのは器量だけではなく、元服してからは普請奉行などを律儀に熟し、殿の覚えも目出度い。

 戦では、本陣にいることが多かったが、此度は信長から離れての出陣 ―― しかも先鋒である。

「良いところを見せようと、気負い過ぎたか? まあ、そういうところが可愛いのだが………………」

 と、殿は苦笑していた。

「菊千代も、大将首をあげたいじゃろうが、あれを死なせるわけにはいかん。右衛門尉(佐久間信盛)に、あまり無理をさせるなと伝えよ」

 使番はすぐさま飛び出していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。 その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。 姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...