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第四章「偏愛の城」
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太若丸が茶を点てている間、殿と久秀は落雁を齧っていた。
遠くから、軽妙な木槌の音が聞こえてくる。
安土の城取りとともにはじまった二条の邸宅普請も、夏ごろには仕上がるようだ。
「安土の城も豪勢のようですが、二条の城もまた豪華なようで。町屋衆はもとより、公家も、天長様も驚きになられるでしょうな」
久秀は、ぽりぽりと良い音を立てながら言った。
「なに、また集られるだけよ。此度新春の挨拶に伺った際も、内裏のどこどこが壊れているから……などと暗に匂わせるようなことをおっしゃってな、直してほしければ、直接そう言えばよいではないか」
「それが、お上というものでございますよ」
「松永殿は、むかしから内裏や公家衆との付き合いがあるから良いかもしれんが、儂は、どうもあいつらの話し方が鼻につく。何事も上から目線で、奥歯にものが挟まったような、なよなよとした話し方は、虫唾が走ります」
「やんごとなき方々ですからな」
と、久秀は苦笑する。
「前関白など、嫡男の元服を此度できる二条の屋敷で催したいと言うてきた」
「ほう、それは面妖な。殿上人の加冠は、宮中で行われるのが習わしでは?」
「そうでございましょう? 公家は先の理を重んじると聞いておりました。じゃから、儂はお断りした」
「それが宜しいでしょうな」
「が、再三使いのものがやってくる」
今朝も、前関白近衛前久の使いの者がきて、『是非に是非に』と頭を下げていったばかり。
「まあ、近衛殿だから、あまり断るのもと思おておるが、こうも煩いと………………」
「よほど、織田殿に信を置かれているのでしょう。自らのご子息の烏帽子親になって欲しいというのですから。名誉なことではないですか」
「なにが名誉か? その銭を誰が出す? 儂ではないか。結局、金を儂に出させる算段なのでしょうよ」
「然もありなん……でしょうな」
太若丸は、殿と久秀の前に、茶を差し出す。
「まったく、口を開けば、金! 金! 金! 公家どもほど欲深い連中は見たことはない! 何がやんごとなき方々だ!」
殿は、高価な茶碗を片手で掴むと、ぐいっと一気に飲み干した。
「詮無き事、そういう生き方しか知らん、いや知ろうとはなされない方々ですから。まあ、それも安土や二条の豪勢な城を見れば、仕方がないことでございましょう。目の前にこれほどのものを建てられれば、もはや天下は誰の手にあるか、嫌でも分かる。お上が頼られるのも、無理のないこと」
「これが天下を取ることでござりまするか? これが天下の政務かと思うと、何のために働いておるかと、情けなくて涙が出まするよ」
殿は、わざと泣くようなふりをする。
それを見て、久秀はけたけたと笑った。
このふたり、こういうところで妙に馬が合う。
だから殿は、久秀が何度裏切っても、許してしまうのだろう。
遠くから、軽妙な木槌の音が聞こえてくる。
安土の城取りとともにはじまった二条の邸宅普請も、夏ごろには仕上がるようだ。
「安土の城も豪勢のようですが、二条の城もまた豪華なようで。町屋衆はもとより、公家も、天長様も驚きになられるでしょうな」
久秀は、ぽりぽりと良い音を立てながら言った。
「なに、また集られるだけよ。此度新春の挨拶に伺った際も、内裏のどこどこが壊れているから……などと暗に匂わせるようなことをおっしゃってな、直してほしければ、直接そう言えばよいではないか」
「それが、お上というものでございますよ」
「松永殿は、むかしから内裏や公家衆との付き合いがあるから良いかもしれんが、儂は、どうもあいつらの話し方が鼻につく。何事も上から目線で、奥歯にものが挟まったような、なよなよとした話し方は、虫唾が走ります」
「やんごとなき方々ですからな」
と、久秀は苦笑する。
「前関白など、嫡男の元服を此度できる二条の屋敷で催したいと言うてきた」
「ほう、それは面妖な。殿上人の加冠は、宮中で行われるのが習わしでは?」
「そうでございましょう? 公家は先の理を重んじると聞いておりました。じゃから、儂はお断りした」
「それが宜しいでしょうな」
「が、再三使いのものがやってくる」
今朝も、前関白近衛前久の使いの者がきて、『是非に是非に』と頭を下げていったばかり。
「まあ、近衛殿だから、あまり断るのもと思おておるが、こうも煩いと………………」
「よほど、織田殿に信を置かれているのでしょう。自らのご子息の烏帽子親になって欲しいというのですから。名誉なことではないですか」
「なにが名誉か? その銭を誰が出す? 儂ではないか。結局、金を儂に出させる算段なのでしょうよ」
「然もありなん……でしょうな」
太若丸は、殿と久秀の前に、茶を差し出す。
「まったく、口を開けば、金! 金! 金! 公家どもほど欲深い連中は見たことはない! 何がやんごとなき方々だ!」
殿は、高価な茶碗を片手で掴むと、ぐいっと一気に飲み干した。
「詮無き事、そういう生き方しか知らん、いや知ろうとはなされない方々ですから。まあ、それも安土や二条の豪勢な城を見れば、仕方がないことでございましょう。目の前にこれほどのものを建てられれば、もはや天下は誰の手にあるか、嫌でも分かる。お上が頼られるのも、無理のないこと」
「これが天下を取ることでござりまするか? これが天下の政務かと思うと、何のために働いておるかと、情けなくて涙が出まするよ」
殿は、わざと泣くようなふりをする。
それを見て、久秀はけたけたと笑った。
このふたり、こういうところで妙に馬が合う。
だから殿は、久秀が何度裏切っても、許してしまうのだろう。
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