本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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「人生五十年、そうそう長生きするつもりもござらん。儂は、儂がしたいときに、したいことをする。それが性にあっておりまする」

「はははは、それはそれは、織田殿は欲がない」

「そうでござろうか? 儂ほど欲深い男はおらぬと思っておりまするが?」

「ほう……、それは如何様に?」

「煌びやかな城で、毎日のように美しい女や稚児たちと戯れ、美味い飯を食い、酒を飲み、唄い、舞い踊り、遊び暮らす。ただただ、己が楽しめることをする……、それが儂の望み、欲でございまする」

「それはまるで、極楽のような話ですな」

「そう、それでございまするよ。儂は、この世に極楽を築きたいのじゃ!」

 笑みを浮かべる信長。

 久秀も、にこりと笑う。

 しばし見つめ合った後、

「それはそれは大仰な」

 と、ふたりは高らかに笑った。

「儂は……、多くのものを殺してきた………………、織田を守るためとはいえ、弟さえ手にかけ、兄もいらぬ戦で亡くした………………、死ねば地獄に落ちるでありましょうな」

「それは……、某も同じこと。極楽に行くことなど、毛頭考えてもおりもうさぬ」

 久秀の言葉に、信長は頷く。

「死ぬことなど、怖くはない。もちろん、地獄に行くことも……、だが、どうせあの世で苦しい思いをするならば、この世だけは好きにしたいと」

「この世も、地獄のような世の中ですが………………」

 日照り、長雨、野分に大雪、地揺れ、出水、山崩れに大波、飢えと戦で、まさにこの世は地獄………………久秀の言うとおりだ。

「だから儂は、この世に極楽を築きたいのですよ。儂が楽しいことは、他のものも楽しいでしょうからな」

 それは、多分に独りよがりなところもあるが、確かに殿が極楽を築けば、戦もなくなり、飢えるものもおらず、皆が楽しく生きていけるだろう………………と思う。

「そのためには、まず大坂を落とさねばなるまいて。あれが、この世の地獄を作り出しておる根源ですからな。大坂は、落ちなせぬか? 総大将が……駄目ですかな?」

 殿に代わって、今度は久秀が茶を点て始めた。

「何をおっしゃいますや、佐久間殿はよくお働きで。ただ少々武士もののふとして心許ないところがありまするが………………、それをさて置いても、大坂は強い」

「たかが念仏を唱えているだけの連中が? 念仏を唱えさえすれば、誰でも極楽に行けるなどと、そんなことで極楽にいけるのなら、儂も何万回と唱えましょうぞ。だが、いま、この世はどうか? 念仏を唱えるだけで何もせず、ただこの地獄を辛い辛いと嘆いて生きているだけ、己でこの世を切り開こうともせなんだ。そういった教えに騙され、気の振れた百姓連中の集まりではござらんか?」

「だからこそ、怖いのでございまするよ、織田殿。そういった連中ほど、恐ろしいものはない。もとより百姓らは欲が少ない。田畑で生きるものも、山で生きるものも、海で生きるものも、すべては天の差配による、いわば他人任せ、運任せ。明日を生きるための糧を望んでいては、生きてはいけませぬ。今日を生きることだけが、彼らの少ない欲 ―― ならば、念仏を唱えるだけで救われるというのなら、やつらは喜んでその道に生きるでしょうな。それで死ねるのならば、むしろうつつの苦しみから逃れることができると、喜んで死ぬでしょう。欲を持たない連中は、恐ろしい」

「確かに」

 と、殿は久秀が点てた茶を飲んだ。
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