本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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 信長は、二日間ほど鷹狩りを楽しみ、安土に帰還。

 師走に入って再度吉良で鷹狩りをしたのち、岐阜で年を越した。

 信澄からは逐次報せがきたが、とうとう十兵衛本人からは何ら報せはこなかった。

「大坂は……、なかなか落ちませぬな」

 信長の言葉に、茶を飲もうとしていた松永久秀は、一瞬動きを止めた。

 茶碗越しにちらりと視線を寄こしたあと、何事もなかったように飲み干した。

 殿は、内裏への初春の挨拶にと京へあがった。

 周辺の諸将も、殿に挨拶のために二条の妙覚寺に参陣。

 播磨の浦上宗景や別所長治、若狭の武田元明たけだもとあきらの中に、本願寺攻めを任された佐久間信盛と松永久秀の姿もあり、信盛は挨拶を済ませ、本願寺攻めの相談をしたあと、早々に引き上げたが、久秀は残り、殿の茶の湯の相手をしていた。

「いや~、かほど美味い茶を飲みますると、寿命が延びまするな~」

 と、信長を褒めちぎる。

「松永殿もお幾つじゃ? まだまだ長生きを所望とは、欲深い」

 殿の嫌味ともとれる言葉に、久秀は嫌な顔をひとつもせず、からからと笑った。

「欲深こうて結構! 結構! まだまだ美味いものも食べたい、良き女子を抱きたい、名物を手にしたい、豪勢な城を造りたい、天下を取りたい…………………、武将とは、かくなるものでござらんか?」

「左様でございますな」

 殿も、けらけらと笑う。

 お互いに際どいことを言ってのける ―― 傍らで見ているこちらが冷や汗を掻く。

「こうも欲深いと、なかなか死ねませぬので、これでも様々に気を付けておるのですよ」

「ほう、如何様に?」

 久秀は、中風予防のため、毎日欠かさず頭にお灸をしているらしい。

「この歳になると、いつ頭がかっとなって、ばったりといくやもしれませぬからな。ついぞやも、家臣のひとりが倒れましてな。いや、命に別状はなかったが、そのあと右手も右足も動かなくなりまして、見ておるこっちが気の毒でなりませぬだ。あれでは戦もできぬが、様々な差配もできぬ。ましてや、自ら腹を切ることもできますまい。武将として、ああはなりたくはないですな」

 そのほか、食べるものを薄味にしたり、量も減らしたりと、何かと気をつかっているらしい。

 女との目合いにも気を付けているとか。

曲直瀬道三まなせどうざんから『黄素妙論こうそみょうろん』という書物を得ましてな、これには実に良いことが書かれておる」

 女とするときの手順から、回数、己の体調だけでなく相手の体調をよくよく見極めてせよ………………などと、事細かく書かれているらしい。

 久秀は、それを実践しているとか。

「己の欲望のままにしておっては、女も嫌がって楽しくもないし、身体にも悪い。女が望みうるときにしてやれば、陰門ほとも自然と潤み、自ずから受け入れ、心地良くもあり、満足すべきものでございましょうぞ。身体にも良いし、妻との仲も睦ましくなる」

 この月のこの日にはしてはならない。

 戦に出る三日前からはしてはならない。

 身体の具合が芳しくないときにしてはならない。

 水場や厠ではしてはならない。

 野外でしてはならない ―― 武士たるもの、外で無防備な姿をさらしてはならない。

 寺社仏閣でするなど、以ての外。

 気性が激しく、荒くれものが多い侍たちである、己の好きなときに、好きなだけしていると思われがちだが、意外にこれらを厳しく守っているものが多い。

「織田殿も、読まれますか? お貸ししましょうぞ?」

 殿は、いやいやと手を振る。

「儂は、そういったのは到底………………、それではなかなか満足できませぬでしょう?」

 確かに、殿は独りよがりのところがある。

 相手を喜ばせるというのは二の次で、まずは己が満足すること。

 そのうえで、相手が気持ち良ければ、己の自尊心を擽られているようで、猶心地が良い。

 そのために、女たちは気持ち良さそうに演じることもある。

 太若丸も、そうすることが多い………………
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