本能寺燃ゆ

hiro75

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第四章「偏愛の城」

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 確かに、太若丸はまだ独り身なので、連れ合いを亡くすという心境が分からない。

 いや、今後女とかかわることはないので、分かることはないだろう。

 家族を亡くすと思えばよいのか?

 母は、物心がつくころにはすでにない。

 父は、まだ健在………………と思う ―― もしかしたら、亡くなっているかもしれないが………………

 姉は、行方知れず ―― これも、もう死んでいるかもしれない。

 太若丸は、彼らの顔をぼんやりと思い浮かべ、亡くなったときのことを想像してみる。

 ―― 父が亡くなったら、吾は泣くであろうか?

    姉を失えば、吾は悲しいだろうか?

 太若丸は、首を傾げる。

 どうも実感がわかない。

 こんな世だ ―― 死とは隣り合わせ。

 いつ、だれが、どこで死ぬか分からない。

「おぎゃ!」と産声をあげた瞬間に、刀で刺殺されるかもしれない。

 水粥さえも啜れず、飢え死ぬかもしれない。

 狼に襲われ、骨の髄までしゃぶられるかもしれない。

 病にかかり、野垂れ死ぬかもしれない。

 戦に巻き込まれ、武士や足軽連中に嬲り殺されるかもしれない。

 その武士たちも、鉄砲で撃たれ、矢で射られ、槍で刺殺され、刀で切られ………………あげく、首を刎ねられるやもしれない。

 赤子であろうが、大人であろうが、若者であろうが、年寄であろうが、男であろうが、女であろうが、まして百姓であろうが、商人であろうが、武士であろうが、公家であろうが、天長であろうが、死ぬときは死ぬのである。

 年や男女、身分は違えど、死だけはみな等しくやってくる。

 その死が、常に付きまとっている。

 だから、覚悟はしている………………と、ばかりはいえない。

 太若丸も、村にいるときから何度も野辺送りを見てきた。

 死者の身内や親しかった人は泣いていた。

 覚悟はあっても、やはり悲しいものだ………………

 太若丸も、父や姉が亡くなれば、悲しいと思うだろう………………か?

 十兵衛会いたさに、父を捨て、村を出た。

 姉と離れる際、互いに何も言わずに別れた。

 何年とともに暮らしてきて、様々な思い出があるはずなのに、父や姉と別れることに、なにも感じなかった。

 ―― 吾は、そういった気持ちが欠落しているのだろうか………………?

 ただ、十兵衛と別れることになれば、悲しいだろう。

 それが、永久の別れともなれば、どうなってしまうか………………?

 正気ではいられまい。

 泣き狂い、やがて自らも十兵衛のあとを追ってしまうかもしれない。

 なるほど、そう思うと、愛する者を失うという気持ちが、分かる気がした。

 十兵衛もいま、そんな心持なのだろうか………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………奥方が、羨ましいし、悔しい………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………だが、そんな女も死んだ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………十兵衛は、吾のものだ!
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