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第四章「偏愛の城」
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霜月に入り、いよいよ殿は上洛 ―― 四日には妙覚寺へと入った。
十二日には、赤松広秀、別所長治、別所重宗、浦上宗景、浦上小次郎らの播磨・備前の武将が挨拶にと対面。
そして二十一日には宮中に参内し、内大臣を拝命し、帝からは衣も賜った。
信長はこれを有難く受け取って内裏を後にしたが、
「太若丸、おぬしにくれてやる」
と、帝から拝領した衣を無造作に太若丸に投げ渡した。
他の人からすれば、まさに宝 ―― 家宝にすべき一品なのだが、殿には無用の品らしい。
そういった品をぽんぽんと他人にやってしまうのも、また殿の凄いところであろう。
「さて、これで朝廷に対する義理も果たした。石山にでも寄って帰るか」
信長は、このまま京を出て、淡海の南岸にある石山寺世尊院に入った。
当地を守護するは、山岡美作守景隆である。
景隆は、弟の備前守景猶とともに出迎え、その夜は内大臣就任の祝いの席を設けた。
「おめでとうございまする」
景隆と景猶は頭を下げる。
「なにが、おめでたいものか」
殿は、太若丸が注いだ濁酒を一気に空けた。
「しかし、内大臣とはおめでたい」
「そのために、幾ら使ったと思う?」
隆景は首を傾げる。
殿は、二本の指を突き出す。
「二千貫ですか?」
隆猶の言葉に、殿は苦笑いした。
代わりに太若丸が答えた。
「黄金二百枚ですと!」、景猶の素っ頓狂な声が寺中に響き渡った。
「それだけではない、帝にはあと反物や沈香など色々と。公家連中にも所領を渡してやった」
「それほど………………」
山岡兄弟は、至極驚いている。
「あいつら、こっちの足許を見寄って、一切合切持っていきやがる。それで手に入れたのが、役にも立たん役名と衣一枚じゃ。太若丸、見せてやれ」
太若丸は、山岡兄弟の前で帝から拝領した衣を広げた。
「これは素晴らしい!」
景隆、景猶兄弟は、目を輝かせている。
帝からの頂き物である。
これが多くの人の反応であろう。
殿のほうが特殊なのだ。
「ほう、そんなに凄いのか?」
「これほど素晴らしい衣は見たことがございません」
「そうか……、ならば、おぬしにくれてやる」
「えっ? 拙者にでございますか?」
「太若丸、良かろう? おぬしには、儂が別の衣を買ってやるから」
帝からの拝領品を持っているのも、何かと居心地が悪かったので、むしろ願ったり叶ったりである。
それに、殿から買ってもらう衣のほうが、帝には失礼な話であるが、何倍にも質が良い。
太若丸が喜んで衣を渡そうとすると、景隆が慌てて首を振った。
「滅相もございません。このような高価なものを頂いては」
「構わん、構わん」
「これは、帝から殿が拝領されたもの。こればかりは、こればかりは何卒………………」
と、こちらが困ってしまうほど遠慮するので、
「そうか? なら仕方ない。それは太若丸が持っておけ」
殿から買ってもらうのはなしかと、少々残念な気持ちになったが、
「それとは別に買ってやるから、そんな顔をするな」
表情に出ていたか?
慌てて顔を弄ると、信長は愉快に笑った。
十二日には、赤松広秀、別所長治、別所重宗、浦上宗景、浦上小次郎らの播磨・備前の武将が挨拶にと対面。
そして二十一日には宮中に参内し、内大臣を拝命し、帝からは衣も賜った。
信長はこれを有難く受け取って内裏を後にしたが、
「太若丸、おぬしにくれてやる」
と、帝から拝領した衣を無造作に太若丸に投げ渡した。
他の人からすれば、まさに宝 ―― 家宝にすべき一品なのだが、殿には無用の品らしい。
そういった品をぽんぽんと他人にやってしまうのも、また殿の凄いところであろう。
「さて、これで朝廷に対する義理も果たした。石山にでも寄って帰るか」
信長は、このまま京を出て、淡海の南岸にある石山寺世尊院に入った。
当地を守護するは、山岡美作守景隆である。
景隆は、弟の備前守景猶とともに出迎え、その夜は内大臣就任の祝いの席を設けた。
「おめでとうございまする」
景隆と景猶は頭を下げる。
「なにが、おめでたいものか」
殿は、太若丸が注いだ濁酒を一気に空けた。
「しかし、内大臣とはおめでたい」
「そのために、幾ら使ったと思う?」
隆景は首を傾げる。
殿は、二本の指を突き出す。
「二千貫ですか?」
隆猶の言葉に、殿は苦笑いした。
代わりに太若丸が答えた。
「黄金二百枚ですと!」、景猶の素っ頓狂な声が寺中に響き渡った。
「それだけではない、帝にはあと反物や沈香など色々と。公家連中にも所領を渡してやった」
「それほど………………」
山岡兄弟は、至極驚いている。
「あいつら、こっちの足許を見寄って、一切合切持っていきやがる。それで手に入れたのが、役にも立たん役名と衣一枚じゃ。太若丸、見せてやれ」
太若丸は、山岡兄弟の前で帝から拝領した衣を広げた。
「これは素晴らしい!」
景隆、景猶兄弟は、目を輝かせている。
帝からの頂き物である。
これが多くの人の反応であろう。
殿のほうが特殊なのだ。
「ほう、そんなに凄いのか?」
「これほど素晴らしい衣は見たことがございません」
「そうか……、ならば、おぬしにくれてやる」
「えっ? 拙者にでございますか?」
「太若丸、良かろう? おぬしには、儂が別の衣を買ってやるから」
帝からの拝領品を持っているのも、何かと居心地が悪かったので、むしろ願ったり叶ったりである。
それに、殿から買ってもらう衣のほうが、帝には失礼な話であるが、何倍にも質が良い。
太若丸が喜んで衣を渡そうとすると、景隆が慌てて首を振った。
「滅相もございません。このような高価なものを頂いては」
「構わん、構わん」
「これは、帝から殿が拝領されたもの。こればかりは、こればかりは何卒………………」
と、こちらが困ってしまうほど遠慮するので、
「そうか? なら仕方ない。それは太若丸が持っておけ」
殿から買ってもらうのはなしかと、少々残念な気持ちになったが、
「それとは別に買ってやるから、そんな顔をするな」
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慌てて顔を弄ると、信長は愉快に笑った。
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