本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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 安土城総普請奉行の長秀が、図面を前にして、

「大手門から天守までの道は、かように何度か曲がり、ここと、ここに櫓を築き、敵からの侵入にそなえます」

 と、説明をした。

 殿は、近頃手に入れた『松花』の茶壷と『金花』の茶入れを手に取り、にやにやと眺めながら、生返事をした。

 了承を得たと思った長秀が、

「次に天守ですが……」

 と、話し始めようとすると、

「あいや、待て!」

 と、止めた。

「大手門から天守までは、できる限りまっすぐにしろ」

「はぁ? まっすぐにございますか?」

 長秀と秀吉は、顔を見合わせる。

「まっすぐというと……、まっすぐですか?」

 長秀は、図面に描かれた大手門のあたりから天守のとろこまで、一直線に指でなぞる。

「うむ」

 と、それを見ることなく、手にした茶壷をにやにやと眺めながら頷いた。

「そうなりますると………………、敵への侵入を防ぐのが………………」

「その必要はない!」

「敵への侵入を防ぐ必要はないと?」

「あと、櫓や井戸、蔵も最低限でよい。犬走りもいらん」

「そ、それでは……、籠城になったときに………………」

 殿は、ぎろっと長秀を睨む。

「おぬしは、儂に城に籠れというか?」

「いや、それは……、滅相もござりませぬ」

 長秀は慌てて頭を下げる。

「〝猿〟、儂ははじめに何と言うた?」

 突然、問われて秀吉は慌てふためく。

「はっ、それは……」

 すぐに返事がなかったのが気に食わなかったのか、

次郎左じろうさ、儂は何と言うた?」

 と、秀吉の後ろに控えていた木村次郎左衛門尉高重きむらじろうさえもんのじょうたかしげに問うた。

「はっ、天下万民が畏怖するような荘厳なる城を築けと………………」

「そう言うたな?」

「そのままに」

「それがなんじゃ、この天守は?」

 殿は、茶壷を床にどんと叩きつけるように置く ―― 高価なものなのに………………

「何か……、御不満でも」

「ご不満でも? 多ありじゃ! お前の出してきたのは五層、十兵衛の坂本と同じではないか? なんなら、〝猿〟、おぬしの長浜よりも低いのではないか? おぬし、次郎左と図って長浜よりも劣る城を造っておるのじゃあるまいな?」

 信長は、嫌味の如く秀吉を睨みつける。

「め、滅相もございません」

 秀吉は慌てて首を振った。

 秀吉は、浅井・朝倉を掃討した後、浅井氏の居城であった小谷城周辺 ―― 淡海の東北沿岸である今浜を拝領した。

 今浜を、信長から名をもらって長浜と変える。

 秀吉得意の〝胡麻摺り〟である。

 そこに城を築き、先ごろ完成したらしい。

 安土の普請を請けながら、己の城も築くのだから、流石は織田いちの働き者である。

 秀吉の名誉のために断っておくが、城は三層である。

 それも殿は知っているはずだ。

 殿は、主の城よりも、先に完成しやがってという不満もあるのかもしれない。
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