290 / 498
第四章「偏愛の城」
15
しおりを挟む
「丹波もそうじゃが、惟任殿は、少々気が緩んでおられるのではあるまいか?」
と、手厳しいことをいう家臣もいた。
「いや~、しかし、戦というのは、ときに運もありましょうから……」
と、直政や十兵衛の擁護にまわるのは、秀吉だけである。
他の武将は、十兵衛の責任………………十兵衛、憎し………………という気持ちが伝わってくる。
確かに、古参連中からすれば、新参者の十兵衛が殿に気に入られ、あれよあれよという間に所領を貰い、挙句その右腕として頼りにされているのを見ると、良い気はすまい。
以前から、そういった気配は少々見られたのだが、此度のことでその不満が噴出したようだ。
「誰かが責めを負わねば、これよりの家臣たちの統制はとれますまい」
長秀の言葉には、名こそでなかったが、明らかに十兵衛が責任を取るべきだとの意味合いが滲み出ていた。
みなも、執拗に頷く。
みんな嫉妬しているのだ ―― 十兵衛の才に。
自らは持ちえぬ、武将としての勇気と行動、知恵と技術、官吏としての処理能力、人心を掌握する巧みさ、そして人の懐に入る愛嬌の良さ………………それは、もちろん持って生まれたものもあろうが、彼が放浪中に苦労して身に着けた賜物なのだ。
殿の傍にあって、機嫌を取りながら、与えられたことしかしてこなかった連中とは違うのだ。
殿が言われた〝良き家臣たろうとするもの〟と〝王たろうとするもの〟の違いである。
まったくもって、男の嫉妬など見苦しいと思った。
信長は、家臣たちの話を黙って訊いていた。
長秀の『誰かが責めを負わねば……』との言葉を聞いて、一番後ろに控えていた次右衛門に視線を向けた。
次右衛門は畏まっていたが、さらに身を縮込ませて、
「我が主も、責めを負う覚悟でございましょう。ご存分に」
と、頭を下げた。
殿は、珍しくため息を吐かれた。
「まあ、なんだ、兎も角勝ったので良いではないか?」
「大殿、それでは家臣たちの………………」
統制がとれぬといいたいのだろうが、要は『不満が爆発しますよ』ということだ。
流石の殿も、家臣の大半を敵に回すのも面倒だと考えたのだろう。
「ええい、分かった。十兵衛にはしばらく謹慎を言い渡す。坂本に蟄居しておれ!」
次右衛門に処分を言い渡した。
病のため、しばらく戦場にも、普請事もするなと言われているので、これはむしろ、ありがたい処分である。
「承り候」
次右衛門もほっと安堵の顔をして、頭を下げた。
と、手厳しいことをいう家臣もいた。
「いや~、しかし、戦というのは、ときに運もありましょうから……」
と、直政や十兵衛の擁護にまわるのは、秀吉だけである。
他の武将は、十兵衛の責任………………十兵衛、憎し………………という気持ちが伝わってくる。
確かに、古参連中からすれば、新参者の十兵衛が殿に気に入られ、あれよあれよという間に所領を貰い、挙句その右腕として頼りにされているのを見ると、良い気はすまい。
以前から、そういった気配は少々見られたのだが、此度のことでその不満が噴出したようだ。
「誰かが責めを負わねば、これよりの家臣たちの統制はとれますまい」
長秀の言葉には、名こそでなかったが、明らかに十兵衛が責任を取るべきだとの意味合いが滲み出ていた。
みなも、執拗に頷く。
みんな嫉妬しているのだ ―― 十兵衛の才に。
自らは持ちえぬ、武将としての勇気と行動、知恵と技術、官吏としての処理能力、人心を掌握する巧みさ、そして人の懐に入る愛嬌の良さ………………それは、もちろん持って生まれたものもあろうが、彼が放浪中に苦労して身に着けた賜物なのだ。
殿の傍にあって、機嫌を取りながら、与えられたことしかしてこなかった連中とは違うのだ。
殿が言われた〝良き家臣たろうとするもの〟と〝王たろうとするもの〟の違いである。
まったくもって、男の嫉妬など見苦しいと思った。
信長は、家臣たちの話を黙って訊いていた。
長秀の『誰かが責めを負わねば……』との言葉を聞いて、一番後ろに控えていた次右衛門に視線を向けた。
次右衛門は畏まっていたが、さらに身を縮込ませて、
「我が主も、責めを負う覚悟でございましょう。ご存分に」
と、頭を下げた。
殿は、珍しくため息を吐かれた。
「まあ、なんだ、兎も角勝ったので良いではないか?」
「大殿、それでは家臣たちの………………」
統制がとれぬといいたいのだろうが、要は『不満が爆発しますよ』ということだ。
流石の殿も、家臣の大半を敵に回すのも面倒だと考えたのだろう。
「ええい、分かった。十兵衛にはしばらく謹慎を言い渡す。坂本に蟄居しておれ!」
次右衛門に処分を言い渡した。
病のため、しばらく戦場にも、普請事もするなと言われているので、これはむしろ、ありがたい処分である。
「承り候」
次右衛門もほっと安堵の顔をして、頭を下げた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる