本能寺燃ゆ

第四章「偏愛の城」

１４

「しかし、此度の戦は少々………………」

　鎧を脱ぎ、ひと心地付いたところで、家臣たちが口を開いた。

　ここ数年は、織田側が圧勝する戦が多い。

　が、此度は完全に押され、あわや重要拠点を落とされ、有能な武将を数多く失うところであった。

　現に、原田直政やその一族を失ったのは大きい。

　ここに、十兵衛、佐久間信盛の息子を失っていたら、織田側はどうなっていたか？

「大殿が御出馬なさらねば、如何ほどになっておったか」、惟住（丹羽）長秀は、険しい顔で口を開いた、「聊か見通しが甘かったのではないか？」

　殿に、見通しが甘いと言えるわけはない。

　長秀の言葉は、戦を指揮した直政や十兵衛に向けられている。

「原田殿は、此度のような大戦の総大将は初めて。本来ならば、それに副える者がよくよく助けてやれば、よもや原田殿やその一族が討ち死にすることなどなかったはず」

　と、続ける。

　いや、直政ではなく、十兵衛を責めているようだ。

「しかも、己の失策を棚に上げ、殿のご出馬を願うなど、武将の風上にも置けませぬ」、滝川一益は太い眉を怒らせている、「拙者ならば、恥ずかしくて腹を切っておるところぞ」

　一益の言葉も、副将格であった十兵衛にか？

「この戦で負けておれば、大殿の御立場がどうなっておったか」、蜂屋頼隆は眉を八の字に歪める、「大殿の御立場を考えれば、絶対に負けられぬ戦でありましょうに。惟任殿がおられてこの様か？」

　信長は、いまや右近衛大将である。

　帝をお守りする武家の最高職　――　いまだ征夷大将軍は足利義昭であるが、諸将の大名を抑えることができないのだから、事実上、信長が武家の棟梁でもある。

　これが大坂方に負けるということは、武家が寺社方に負ける　――　すなわち、帝が寺に負けることを意味する。

　まあ、朝廷も、その辺は寺側と上手くやっているので、というか、寺には多くの子弟を弟子入りさせ、ときにその最高官職をも牛耳っているのだから、別段困るところではないのだろうが、やはり面子というものがある。

　武士は、なおさら体面を重んじる。

　右大将が敗れては、恥どころの騒ぎではない。

　それを考えれば、ようよう慎重な戦をすべきであったと言いたいのだろう。

　まことに、頷ける。

　が、それは十兵衛の責任か？

　なるほど、総大将であった直政やその一族は戦死した。

　死者に鞭打つことはできまい。

　副将格の十兵衛は、戦の途中で病に倒れ、十分な指揮もできなかった。

　ならば、みな、此度の戦の責任を十兵衛に押し付けようとしているようだ。