本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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 前線から続々と報せが入ってくる。

 いずれも状況は良くない。

 五日も持たない、持って三日………………十兵衛のことだから、何とかしてくれるだろうと思うのだが………………もしや?

 更なる悪い報せが、十兵衛が病に倒れたと………………

 村を出るとき、あの項垂れたような背中を見送った。

 その後、公方様が襲撃され、十兵衛が巻き込まれたと聞いた。

 あの時は無事だったが、今回は………………、いや、そんなことはない、十兵衛なら必ず助かる、無事帰ってくる、約束したのだから、殿だって、十兵衛を助けてくれる………………はず。

 この時、若江に参集できたのは、佐久間信盛をはじめとする三千名あまり。

 敵は徐々に増えて、現状一万五千。

「いましばらく、兵が集まるのを待ってから、出撃されるのが宜しいかと」

 近習は上申したが、殿はこれに首を振った。

「待ってられるか! 十兵衛や甚九郎じんくろう(信栄)を死なすわけにはいかん! あれらを死なせれば、巷間の笑いものになるわ!」

 流石は殿である。

 三千の兵を三段構えに編成し、先鋒を荒木村重に指名した。

 だが、村重は「拙者が動けば、木津方面の防御が疎かになりましょう」と動かなかった。

 それもそうかと殿も納得し、では誰を先鋒にしようかとなったとき、

「拙者が参りまする」

 と、信盛が進み出た。

「息子甚九郎は、此度初陣。ここで死なせては、父としてあの世で合わせる顔がありませぬ」

「うむ、よう言うた。右衛門尉、ともに死のうぞ!」

 先陣を、佐久間信盛、松永久秀、長岡藤孝、そして若江衆。

 第二陣を、滝川一益、蜂屋頼隆はちやよりたか、羽柴秀吉、惟住(丹羽)長秀、稲葉一鉄いなばいってつ氏家直道うじいえなおみち安藤守就あんどうもりなり

 後詰を馬廻り組が務めた。

 ―― 五月七日

 信長は、自ら先陣の足軽衆に交じって戦場を駆けた。

 敵方からは数千の鉄砲を射かけられる。

 その一発が、信長の足をかすめた。

 周囲の足軽たちは大騒ぎをしたようだが、信長は平然と、『このぐらい軽い! それよりも戦列を崩すな! 突撃!』と檄を飛ばし、先頭を駆け、天王寺砦を包囲する敵陣へと突撃した。

 大坂方は、信長自らの猛攻に驚いたのか、囲みの一部が崩れた。

 そこより天王寺へと駆け込んだ。

 天王寺の立て籠もり組は、みな酷く疲れた様子であったらしい。

 それでも、信長の顔を見ると、みな一様に涙を流して喜んだとか。

 やはり、信長がいるといないでは、武将たちの士気が違うのだ。

 これで、増援が来るまで持ちこたえようとの意見があったが、ひとつ問題があった。

 十兵衛の体調が芳しくなく、一時も早く静かな場所に運び込んだ方が良いということ。

 ひとりでは立ち上がれず、終始寝込んでいるという。

『大殿、お役に立てず、申し訳ございません。今生の別れかと………………』

 と、病に伏せながら、信長に別れの挨拶をしたとか。

『うつけを申せ! おぬしが死んだら、誰が天下を差配する。良いか、死ぬな! いや、絶対に死なせん!』

 大坂方は、ここぞとばかりに大軍で押し寄せてくる。

『十兵衛を死なせるな! 活路を開け!』

『しかし、この数では砦を防ぐので精一杯。撃って出るには………………』

 と、躊躇う武将もいたのだが、

『ここまで詰め寄せることができたのも、天が与えた好機! これを逃すこともあるまい。ともかく、十兵衛が脱け出せる隙だけでも作る!』

 兵を二段構えに編成しなおし、またもや信長自ら大坂方へと攻め寄せた。

 その隙に、十兵衛は戸板に乗せられ、若江へと脱けることができた。
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