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第四章「偏愛の城」
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「天下の事柄は……、大殿の………………」
「儂ひとりで、できると思うてか?」
「連枝衆、家臣の方々がいらっしゃれば………………」
「儂は、おぬしのことを頼りにしておる」
「それは……、恐悦至極にございます」
「もちろん、他のやつらはよく働いてくれる。〝猿〟など、あまりにも働きすぎて、御寧から儂のところに苦情がくるぐらいだぞ」
殿は、苦笑いする。
あまりにも家を空けるので、他に女をつくっているのではと、殿に書状を送ってきたこともあるとか。
火のないところに煙は立たず ―― まあ、女好きの秀吉の場合、そう疑われても仕方がないところが多々あったのだが…………………
「あれらは、儂の考えていることを察してよく働く、良き家臣たろうとする。駒としては、扱いやすい。じゃが、所詮駒は駒。ひっくり返しても、〝王〟にはなれぬ。おぬしは………………」
「拙者も、大殿の駒でございます」
「ぬかせ!」、殿はにたりと笑う、「そちは〝王〟たろうとしておる。〝王〟の考えは、〝王〟たるものしか分からん。それゆれ、そちは儂と考えがあう。大概は、そちに任せておけばうまくゆく。まあ、時に儂すらも考えつかぬような、突拍子もないことを言い出すがな」
「恐れ入りまする」
「それぐらいの野心を持ってことにあたらねば、天下の処務などできぬ。それができるのは、そなたぐらいなものだ。頼むぞ」
「畏まりました……………、それで………………、大殿は? 大殿の野心は………………?」
「儂の野心か? 狂乱謳歌! 戦であろうが、政事であろうが、この狂った世の中を楽しんでやる! それが、儂の本意じゃ」
殿の目が、爛々と燃えている………………まるで鬼灯のように………………
「大坂には先に行き、ようよう九郎左を助けよ。儂も、この末には京にあがり、来月初めには向かうでの。〝猿〟のように、儂が赴くまでと遠慮はいらんぞ。叩き潰せるなら、叩き潰せ! すべてはそちに任せる」
「畏まりました」
十兵衛は深々と頭を下げた。
見送りに出ると、
「さてさて、大殿が言われる〝天下〟とは、何処のことでござりましょうな、太若丸殿?」
と、不意に聞かれたので、少々戸惑った。
それは、天下と言えば………………
「畿内であろうか? それとも……、この大八洲であろうか?」
いずれにしろ、頼られるというのは良いことです。
十兵衛は、「そうですね」とほほ笑んだ。
「太若丸殿、少々お願いが……、大殿のこと、どのようなことでも構いません、逐次報せてはくれませぬか? もちろん、内密に……」
十兵衛からの頼まれごとなら、それが例え親をも殺せと言われれば、殺す!
書状ぐらい、容易い。
承りましたと、頭を下げた。
「さてさて、大坂でござるか………………、なかなか、長くなりそうですな」
十兵衛にしては、珍しく弱気である。
こういったときに、何と声をかけていいのか分からない。
ただ、当たり障りなく、御武運をお祈りいたしますと言って別れた。
十兵衛は、あの笑顔を見せたのち、背を向けた。
こんな背中を見送るのは、あの時以来だろうか………………?
「儂ひとりで、できると思うてか?」
「連枝衆、家臣の方々がいらっしゃれば………………」
「儂は、おぬしのことを頼りにしておる」
「それは……、恐悦至極にございます」
「もちろん、他のやつらはよく働いてくれる。〝猿〟など、あまりにも働きすぎて、御寧から儂のところに苦情がくるぐらいだぞ」
殿は、苦笑いする。
あまりにも家を空けるので、他に女をつくっているのではと、殿に書状を送ってきたこともあるとか。
火のないところに煙は立たず ―― まあ、女好きの秀吉の場合、そう疑われても仕方がないところが多々あったのだが…………………
「あれらは、儂の考えていることを察してよく働く、良き家臣たろうとする。駒としては、扱いやすい。じゃが、所詮駒は駒。ひっくり返しても、〝王〟にはなれぬ。おぬしは………………」
「拙者も、大殿の駒でございます」
「ぬかせ!」、殿はにたりと笑う、「そちは〝王〟たろうとしておる。〝王〟の考えは、〝王〟たるものしか分からん。それゆれ、そちは儂と考えがあう。大概は、そちに任せておけばうまくゆく。まあ、時に儂すらも考えつかぬような、突拍子もないことを言い出すがな」
「恐れ入りまする」
「それぐらいの野心を持ってことにあたらねば、天下の処務などできぬ。それができるのは、そなたぐらいなものだ。頼むぞ」
「畏まりました……………、それで………………、大殿は? 大殿の野心は………………?」
「儂の野心か? 狂乱謳歌! 戦であろうが、政事であろうが、この狂った世の中を楽しんでやる! それが、儂の本意じゃ」
殿の目が、爛々と燃えている………………まるで鬼灯のように………………
「大坂には先に行き、ようよう九郎左を助けよ。儂も、この末には京にあがり、来月初めには向かうでの。〝猿〟のように、儂が赴くまでと遠慮はいらんぞ。叩き潰せるなら、叩き潰せ! すべてはそちに任せる」
「畏まりました」
十兵衛は深々と頭を下げた。
見送りに出ると、
「さてさて、大殿が言われる〝天下〟とは、何処のことでござりましょうな、太若丸殿?」
と、不意に聞かれたので、少々戸惑った。
それは、天下と言えば………………
「畿内であろうか? それとも……、この大八洲であろうか?」
いずれにしろ、頼られるというのは良いことです。
十兵衛は、「そうですね」とほほ笑んだ。
「太若丸殿、少々お願いが……、大殿のこと、どのようなことでも構いません、逐次報せてはくれませぬか? もちろん、内密に……」
十兵衛からの頼まれごとなら、それが例え親をも殺せと言われれば、殺す!
書状ぐらい、容易い。
承りましたと、頭を下げた。
「さてさて、大坂でござるか………………、なかなか、長くなりそうですな」
十兵衛にしては、珍しく弱気である。
こういったときに、何と声をかけていいのか分からない。
ただ、当たり障りなく、御武運をお祈りいたしますと言って別れた。
十兵衛は、あの笑顔を見せたのち、背を向けた。
こんな背中を見送るのは、あの時以来だろうか………………?
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