本能寺燃ゆ

hiro75

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第四章「偏愛の城」

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「天下の事柄は……、大殿の………………」

「儂ひとりで、できると思うてか?」

「連枝衆、家臣の方々がいらっしゃれば………………」

「儂は、おぬしのことを頼りにしておる」

「それは……、恐悦至極にございます」

「もちろん、他のやつらはよく働いてくれる。〝猿〟など、あまりにも働きすぎて、御寧おねから儂のところに苦情がくるぐらいだぞ」

 殿は、苦笑いする。

 あまりにも家を空けるので、他に女をつくっているのではと、殿に書状を送ってきたこともあるとか。

 火のないところに煙は立たず ―― まあ、女好きの秀吉の場合、そう疑われても仕方がないところが多々あったのだが…………………

「あれらは、儂の考えていることを察してよく働く、良き家臣たろうとする。駒としては、扱いやすい。じゃが、所詮駒は駒。ひっくり返しても、〝王〟にはなれぬ。おぬしは………………」

「拙者も、大殿の駒でございます」

「ぬかせ!」、殿はにたりと笑う、「そちは〝王〟たろうとしておる。〝王〟の考えは、〝王〟たるものしか分からん。それゆれ、そちは儂と考えがあう。大概は、そちに任せておけばうまくゆく。まあ、時に儂すらも考えつかぬような、突拍子もないことを言い出すがな」

「恐れ入りまする」

「それぐらいの野心を持ってことにあたらねば、天下の処務などできぬ。それができるのは、そなたぐらいなものだ。頼むぞ」

「畏まりました……………、それで………………、大殿は? 大殿の野心は………………?」

「儂の野心か? 狂乱謳歌! 戦であろうが、政事であろうが、この狂った世の中を楽しんでやる! それが、儂の本意じゃ」

 殿の目が、爛々と燃えている………………まるで鬼灯のように………………

「大坂には先に行き、ようよう九郎左を助けよ。儂も、この末には京にあがり、来月初めには向かうでの。〝猿〟のように、儂が赴くまでと遠慮はいらんぞ。叩き潰せるなら、叩き潰せ! すべてはそちに任せる」

「畏まりました」

 十兵衛は深々と頭を下げた。

 見送りに出ると、

「さてさて、大殿が言われる〝天下〟とは、何処のことでござりましょうな、太若丸殿?」

 と、不意に聞かれたので、少々戸惑った。

 それは、天下と言えば………………

「畿内であろうか? それとも……、この大八洲であろうか?」

 いずれにしろ、頼られるというのは良いことです。

 十兵衛は、「そうですね」とほほ笑んだ。

「太若丸殿、少々お願いが……、大殿のこと、どのようなことでも構いません、逐次報せてはくれませぬか? もちろん、内密に……」

 十兵衛からの頼まれごとなら、それが例え親をも殺せと言われれば、殺す!

 書状ぐらい、容易い。

 承りましたと、頭を下げた。

「さてさて、大坂でござるか………………、なかなか、長くなりそうですな」

 十兵衛にしては、珍しく弱気である。

 こういったときに、何と声をかけていいのか分からない。

 ただ、当たり障りなく、御武運をお祈りいたしますと言って別れた。

 十兵衛は、あの笑顔を見せたのち、背を向けた。

 こんな背中を見送るのは、あの時以来だろうか………………?
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