本能寺燃ゆ

hiro75

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第四章「偏愛の城」

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 日向守様がお越しですと、襖を開けると、殿は名物の茶器をしげしげと眺めていた。

「どうじゃ、十兵衛?」

「なかなか大層なもので」

「そうであろう、なかなかの一品、宋易そうえき千利休せんのりきゅう)も羨ましがっておったぞ」

「あっ、そちらですか……」

「そっち?」、殿はあらぬ方を見た、「どっち?」

「えっ、あいや……」、十兵衛は慌てて手を振った、「そっちとかではなく、城のことかと……」

 殿は、しばしきょとんとしていたが、

「なんじゃ、そっちのことか」

 と、大笑いされた。

「畿内一帯の職人を集めて、豪壮な城を造ってやる。瓦は、一観いっかんに焼かせる。金箔を押して、まるで天寿国のような城にしてやる。天守閣は、唐様で………………」

 殿は、新たにできる城がよほど楽しみなのか、まるで子どものように嬉々としてしゃべる。

 十兵衛は、それを笑顔で頷いている。

 時折、太若丸の用意した茶を啜る。

「ご隠居なされても、何かとお忙しそうで何よりです」

「なに、ただの隠居の退屈しのぎじゃ」

 それにしては、随分壮大な暇つぶしだ。

「織田の家督は勘九郎に譲ったとて、あれもまだまだ。天下の処務を任せるには、聊か心配じゃ。織田の家内のことはあれに、天下のことは、もうしばらく儂がみる」

「そのほうが、宜しいかと」

「そのための城じゃ。ここは京にも近い」

 ならば、足利将軍のように、京に居住したほうが良いはずだ。

 もちろん殿は、京にも邸宅を持つ予定だ。

 十兵衛に、良き場所はないかと探させていたようだ。

「関白(二条晴良にじょうはるよし)様の御屋敷跡が、空地となっております」

「うむ、京にあがった折に、吉兵衛に話して普請させよう」

 あくまで京の宅地は、都上りした際の宿泊地で、本拠地をこの安土にと考えているようだ。

「都にあっては、公家衆や寺社方が煩い。かといって、鎌倉ほど遠くては、天下を差配するには何かと面倒だ。岐阜では少々不便なところがあったが、この安土は利便もよい。そなたの坂本とも近くなる。久しぶりに、奥方の美味い飯でも馳走になりにいくか?」

「いつでも」

 十兵衛は、にこりとほほ笑んだ。
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