本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 七月に入り、東宮が蹴鞠の会を催された。

 殿も招待され、馬廻り組を率いて参加された。

 長岡藤孝から習った蹴鞠の成果はいかに?

 その件については、殿の口からは何もなかったが、久々の大規模な宮中行事だと大いに盛り上がったそうだ。

 もちろん、それを資金面から支えたのが、信長である。

 その返礼にと、殿は帝から杯を頂戴した。

 その際に、官位昇進の勅諚があったそうだが、殿は畏れ多いと断られたとか。

 なぜと尋ねると、

「安くみられたものだ」

 提示された官職が気に食わなかったようだ。

 内々に提示されていたのは、〝権大納言〟とか。

「太若丸、権大納言とは、如何に?」

 正官ではない、権官 ―― つまり仮の大納言である。

 朝廷には、それぞれの政事を司るために、様々な役所が置かれているが、それを取りまとめるのが、太政官である。

 官職は、長官かみ次官すけ判官じょう主典さかんの四階級で、太政官内には長官の左大臣・右大臣、次官の大納言、判官は少納言、左右の大弁・中弁・少弁、主典は左右の大史・少史、大外記・少外記、このほかに、令外官(令に規定のない官職)として太政大臣や中納言などがある。

 大納言であれば、大臣に次ぐ地位である。

 現在、殿は参議という令外官であるので、正規の官職を与えられたと理解することができる。

 が、〝権〟 ―― 〝仮〟とついている。

 つまり、官職は上がったが、正規の要員ではないということである。

 殿は、その〝権〟という言葉が気に食わないようだ。

 だが、これは仕方がない。

 それぞれの官職には人数が決められている。

 また、その官職に就任できる家柄も決まっている。

 公家以外が、正官に就くなどできるわけもない。

 公家衆は、前例を重んじる。

 朝廷に必要な儀式を、故実どおりに施すのが、彼らの政事なのである。

 前例がないことは、絶対にやらない ―― それが公家である。

 そのお陰で、この群雄割拠する戦乱の世についていけていないのだが………………

 ちなみに、当代の官位は名誉職のようなものだ。

 空虚な官職よりも、実利を重んじる殿からすれば、そんなものを貰ったところで、何になろうという考えであろう。

「まあ、あとは、十兵衛が権大納言だけはならば、断った方が良いと言ってな………………」

 大納言だけでなく、右近衛大将と一緒であればお受けくだされと言ったらしい。

「鎌倉殿が、その官職だったとか」

 源頼朝は、平家を倒した後、権大納言兼ねて右近衛大将に任じられている。

 僅か数日で両官とも辞めているが、その後に征夷大将軍に就任。

 いわば、大将軍になるための登竜門だ。

 近衛大将は令外官であるが、朝廷を警固する武官の最高位である。

 征夷大将軍も令外官で、吾妻武士を取り纏めた頼朝が任官したことで武家の棟梁のような地位だが、こちらはあくまで東国の蝦夷を鎮撫する将軍である。

 朝廷からすれば、どちらが重んじられるか………………

 信長が右近衛大将になれば、現状征夷大将軍である足利義昭を官職でも上回ることができる ―― 義昭は権大納言兼ねて左近衛中将である。

 なるほど、流石は十兵衛だと思った。

「此度は断り、右大将とともにならという条件で、吉兵衛に折衝させておる」
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