本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 岐阜に帰った早々、武田への対応が評議にあがった。

 信忠が、しきりに甲斐への出兵を進める。

 信長が京にいる間、武田が三河の足助まで降りてきた。

 これに、岐阜に残っていた信忠が出陣した。

 対応があまりにも早かったせいか、織田勢が出向くと、武田勢はすぐに兵を引いた。

 これに信忠は自信をつけたようだ。

「武田など、恐るるに足りません。攻めるならいまです」

「落ち着け、奇妙。そう焦るな」

 殿のほうが慎重である。

「あの武田相手だ、ようよう仕度をしてからでなければ、手痛い目にあうぞ」

「しかし、父上……」

「この場で父と呼ぶな! だいたいお前は先の長島でも………………」

 と、その場で説教になってしまった。

 結局、甲斐への攻めは十分な仕度をしてからとなった。

 その数日後に、武田が三河の長篠城を囲んだとの報が、徳川よりもたらされた。

 敵は一万五千、守るは五百 ―― 城将は奥平貞昌おくひらさだまさである。

 奥平氏は、今川、徳川、武田と渡り歩いたが、武田晴信が亡くなったのを機に、再び徳川へとついた。

 家康は、これを長篠城へと入れた。

 もともと勝頼は、徳川の本拠地である岡崎城を狙っていたらしい。

 大賀弥四郎おおがやしろうが勝頼と内通し、手引きしようとしたようだが、これを事前に処断した。

 そこで勝頼は、矛先を裏切り者が守る長篠へと変えたらしい。

 まるで勝頼の意趣返しのような戦だが、狙いはそれだけではない。

 一番の狙いは、長篠の北東にある陸平の鉛鉱山である。

 武田軍の原資は〝金〟である。

 農地の少ない甲斐にとって、〝金〟は生命線である。

 奥三河にも津具という金山があり、武田はそこも抑えている。

〝金〟が欲しい武田は、〝鉛〟も欲しい。

 当代、鉱物から〝金〟を取り出すには、「灰吹」という方法が使われる。

 これは、鉱物を一度〝鉛〟に溶かして取り出す方法だ。

〝金〟を得るには、〝鉛〟が必要なのだ。

 さらにいえば、鉄砲の弾は〝鉛〟が原料である。

 武田も、鉄砲には早くから注目し、その技法の習得だけではなく、保持にも努めている。

 本朝に鉄砲がもたらされたのは、天文十二(一五四三)年種子島に漂着した明船に乗っていた葡萄牙ポルトガル人によると云われる。

 だが、本朝にはそれより数十年も前に、すでに戦場で鉄砲を使用していたという話もある。

 明や朝鮮などの交易によってもたらされたものと云われている。

 武田も、早い段階から鉄砲を獲得し、数百近い鉄砲を保持していた。

 だが、鉄砲を持っていても、弾がなければ無用の長物。

 原料を買うのもいいが、足元から出てくれば儲けものである。

 当然、徳川も〝鉛〟は欲しい。

 長篠を抑える者が、〝鉛〟を手に入れることができる ―― つまり、資源獲得戦争である。
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