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第三章「寵愛の帳」
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重苦しい雰囲気になったところに、十兵衛が笑い出す。
「まあ、殿のことだ、然もありなん。だが、それだけではないだろう。殿はああ見えて、意外に周りの目を気になさる」
「あれでか?」
十兵衛は頷く。
「戦場だけでなく、普段においても派手な装束を身につけ、大声で指示を出したり、怒鳴ったりするのは、己を強く見せようとする表れ……、他人にどう見られているか、常に気を使っておられる」
十兵衛の言葉に、太若丸はいちいち納得する。
「何事もおひとりで決められているように見えて、よくよく我々の声に耳を傾けられる。あれでなかなか、気を配っておられるのだよ」
「では、公方への対応は如何に?」
「傍から見れば、誰が天下人か明らかだろうが……、されど将軍は将軍だ。それだけ権威がある。それを手にかければ、世間は如何思うか? 左馬助が拙者を殺すのとは訳が違うぞ。主君殺しの話ではない。天下の悪逆と言われるぞ」
「拙者は、そなたを殺したりはせぬ」
左馬助は、むすっとした顔をする。
「戯言だ、戯言……、ともかく、一番良いのは、公方様が自ら将軍職を辞されるか、命を絶たれるかだ。さすれば、殿も汚名を着ることもなかろう、それを待っておられるのだ」
「いつになるやら。あのお方、なかなかしつこいからな……………」
左馬助の言葉に、次右衛門も頷いた。
そこは同意見のようだ。
「まあ、なんだ……、殿は意外に他人の目を気にするという話だ。味方の犠牲を少なくしたいという話も、犠牲が多くなれば、それだけ士気にかかわるし、離反する者も増えるかもしれない。そういうことを食い止めたいということだろう」
「意外に小心者だな」
と、内蔵助が呆れたように呟く。
「武将とは、意外に小心者だよ」
「拙者は違うぞ!」、内蔵助は怒ったように反論する、「そなたは如何なのじゃ? 小心者か? 日頃より天下を望むなどと申しておるが? 天下となれば、いつかは殿を相手にせねばならぬのだぞ?」
十兵衛は、にやりと笑う。
それには答えず、庄兵衛に、
「堺に、鉄砲を三万三千丁用意させてくれ」
三万三千丁とは中途半端な。
「殿には、三万丁と申し上げておく」
つまり、三万丁の値段で、三万三千丁を造れとのことである。
もちろん、銭を出すのは信長である。
「三千丁はどうするのですか? そのような事、殿に知れれば………………」
「そこは上手くやってくれ、庄兵衛。拙者も、今井(宗久)殿に話をつけておく」、ふと、太若丸に顔を向け、「太若丸殿、この件はご内密に」
殿には心苦しいが、また十兵衛の秘密事ができて嬉しい。
あの頃に戻ったようだ………………
その後は、明日殿が帰る際の話になり、
「風が出そうだから、気を付けたほうがいいな」
「大風になれば、途中で降りてもらうか? 陸での手配もしておこう」
などと打ち合わせをした。
ふと、伝五を見ると、こくりこくりとすでに船を漕いでいる。
やはり深夜の打ち合わせは、御老体には辛いらしい………………
翌日、殿は十兵衛の用意した船で帰路についた。
やはり風が出てきた。
佐和山に向かう予定であったが、途中の安土で降り、陸路で向かった。
安土に降り立った際、殿は辺りを見回し、
「うむ、十兵衛、なかなか良い地だな。ここに城を建てるか」
と、十兵衛に話をしていた。
「まあ、殿のことだ、然もありなん。だが、それだけではないだろう。殿はああ見えて、意外に周りの目を気になさる」
「あれでか?」
十兵衛は頷く。
「戦場だけでなく、普段においても派手な装束を身につけ、大声で指示を出したり、怒鳴ったりするのは、己を強く見せようとする表れ……、他人にどう見られているか、常に気を使っておられる」
十兵衛の言葉に、太若丸はいちいち納得する。
「何事もおひとりで決められているように見えて、よくよく我々の声に耳を傾けられる。あれでなかなか、気を配っておられるのだよ」
「では、公方への対応は如何に?」
「傍から見れば、誰が天下人か明らかだろうが……、されど将軍は将軍だ。それだけ権威がある。それを手にかければ、世間は如何思うか? 左馬助が拙者を殺すのとは訳が違うぞ。主君殺しの話ではない。天下の悪逆と言われるぞ」
「拙者は、そなたを殺したりはせぬ」
左馬助は、むすっとした顔をする。
「戯言だ、戯言……、ともかく、一番良いのは、公方様が自ら将軍職を辞されるか、命を絶たれるかだ。さすれば、殿も汚名を着ることもなかろう、それを待っておられるのだ」
「いつになるやら。あのお方、なかなかしつこいからな……………」
左馬助の言葉に、次右衛門も頷いた。
そこは同意見のようだ。
「まあ、なんだ……、殿は意外に他人の目を気にするという話だ。味方の犠牲を少なくしたいという話も、犠牲が多くなれば、それだけ士気にかかわるし、離反する者も増えるかもしれない。そういうことを食い止めたいということだろう」
「意外に小心者だな」
と、内蔵助が呆れたように呟く。
「武将とは、意外に小心者だよ」
「拙者は違うぞ!」、内蔵助は怒ったように反論する、「そなたは如何なのじゃ? 小心者か? 日頃より天下を望むなどと申しておるが? 天下となれば、いつかは殿を相手にせねばならぬのだぞ?」
十兵衛は、にやりと笑う。
それには答えず、庄兵衛に、
「堺に、鉄砲を三万三千丁用意させてくれ」
三万三千丁とは中途半端な。
「殿には、三万丁と申し上げておく」
つまり、三万丁の値段で、三万三千丁を造れとのことである。
もちろん、銭を出すのは信長である。
「三千丁はどうするのですか? そのような事、殿に知れれば………………」
「そこは上手くやってくれ、庄兵衛。拙者も、今井(宗久)殿に話をつけておく」、ふと、太若丸に顔を向け、「太若丸殿、この件はご内密に」
殿には心苦しいが、また十兵衛の秘密事ができて嬉しい。
あの頃に戻ったようだ………………
その後は、明日殿が帰る際の話になり、
「風が出そうだから、気を付けたほうがいいな」
「大風になれば、途中で降りてもらうか? 陸での手配もしておこう」
などと打ち合わせをした。
ふと、伝五を見ると、こくりこくりとすでに船を漕いでいる。
やはり深夜の打ち合わせは、御老体には辛いらしい………………
翌日、殿は十兵衛の用意した船で帰路についた。
やはり風が出てきた。
佐和山に向かう予定であったが、途中の安土で降り、陸路で向かった。
安土に降り立った際、殿は辺りを見回し、
「うむ、十兵衛、なかなか良い地だな。ここに城を建てるか」
と、十兵衛に話をしていた。
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