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第三章「寵愛の帳」
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太若丸は、寝る前に小用にと立った。
戻ろうとすると、大広間にはまだ明かりが灯り、ふと見ると十兵衛たちが明日の差配やら丹波の話やらしていた。
「丹波を攻めろと?」
左馬助が驚きの声をあげる。
「いや、まだ攻めろとは。細川殿がいま話をしておるので、その助太刀をせよと」
「話がまとまるのか? 丹波衆は一筋縄ではいかんぞ?」
「丹波衆となると、波多野、内藤、赤井か? これらはなかなか手ごわいぞ」
などと話をしていると、ふと十兵衛が太若丸に気が付き、手招きをした。
「太若丸殿、久しぶりでござりまするな。戦場などでちょくちょく顔はあわせますが、こうやって面と向かって話すのも珍しい。少し話でも如何か?」
太若丸も、まるで実の家に戻ってきたような懐かしさがあったので、車座に加わった。
本当の家は……………もうないかもしれない………………
「殿のお付きは如何でござるか? あのようなご気性ゆえ、何かと難しいでしょう」
いまのところ、別段何事もなく………………
「それは何より、拙者も、太若丸殿が殿の傍にいてくれて助かりまする」
十兵衛からそんなふうに言われると、正直嬉しい。
「で、まことはどのようなやつなのだ?」
「左馬助、やつなどと……、拙者の主でござるよ」
左馬助は、まだ殿に蟠りがあるようだ。
それで先程は、娘を殿の甥御に嫁がせるのを断ったのだろう。
「拙者は、やつの家臣になった覚えはない。次右衛門、おぬしだってそうであろう?」
「いや、拙者は別に……」
次右衛門は首を振った。
「別にだと? おぬし、あんなやつのどこがい良いのだ? あんな強欲で、非情なやつ」
「別に、良いとは申してはございません。確かに強欲で、非情なところも見受けられまするが、ただ無駄のないことをしているだけかと思いまするが……」
「無駄なく、そつなくか?」
左馬助は鼻で笑う。
「だから、犠牲を少なくしたのでありましょう?」
「だが、多くの敵は殺す! 女子どもも!」
「それは、世の常……、こちらがやられるとなれば、相手を殺さなければなりませぬ」
「それで狙うは天下か? それで何をする? 将軍になって、歯向かうものはすべて殺すのか? それこそ、恐怖だな」
「それは……」
「拙者には、ただ人を殺すことを楽しんでおるにしか見えん」
左馬助の言葉は、ある意味当たっているのかもしれない。
殿は、戦を楽しんでおられる。
戦場の高揚感が好きなのか、それともただ単に人を殺すことが好きのか………………そこには大きな隔たりがあるが、味方の犠牲を少なくしたいという思いには、ときに強欲に、ときに非情に見えて、人として至極真っ当な感覚があるのだろう………………と、思いたい。
「そうでありましょうか? であれば、なぜ公方様を生かす? 天下を手中に収めるには、一等邪魔な存在、いち早く始末をつけた方が良いと思いますが……」
「それは蛇の生殺し ―― のた打ち回るのを楽しんでおるだけだ」
「それは恐ろしい……」、庄兵衛は眉を寄せ、身を震わせる。
「そこまで殿も暇ではないでしょう?」
次右衛門が、同意を求めるように太若丸に視線を向けるが、何と答えたらよいか………………以前、同じようなことを言っていたから………………
左馬助は、「そら見ろ」というような顔をした。
戻ろうとすると、大広間にはまだ明かりが灯り、ふと見ると十兵衛たちが明日の差配やら丹波の話やらしていた。
「丹波を攻めろと?」
左馬助が驚きの声をあげる。
「いや、まだ攻めろとは。細川殿がいま話をしておるので、その助太刀をせよと」
「話がまとまるのか? 丹波衆は一筋縄ではいかんぞ?」
「丹波衆となると、波多野、内藤、赤井か? これらはなかなか手ごわいぞ」
などと話をしていると、ふと十兵衛が太若丸に気が付き、手招きをした。
「太若丸殿、久しぶりでござりまするな。戦場などでちょくちょく顔はあわせますが、こうやって面と向かって話すのも珍しい。少し話でも如何か?」
太若丸も、まるで実の家に戻ってきたような懐かしさがあったので、車座に加わった。
本当の家は……………もうないかもしれない………………
「殿のお付きは如何でござるか? あのようなご気性ゆえ、何かと難しいでしょう」
いまのところ、別段何事もなく………………
「それは何より、拙者も、太若丸殿が殿の傍にいてくれて助かりまする」
十兵衛からそんなふうに言われると、正直嬉しい。
「で、まことはどのようなやつなのだ?」
「左馬助、やつなどと……、拙者の主でござるよ」
左馬助は、まだ殿に蟠りがあるようだ。
それで先程は、娘を殿の甥御に嫁がせるのを断ったのだろう。
「拙者は、やつの家臣になった覚えはない。次右衛門、おぬしだってそうであろう?」
「いや、拙者は別に……」
次右衛門は首を振った。
「別にだと? おぬし、あんなやつのどこがい良いのだ? あんな強欲で、非情なやつ」
「別に、良いとは申してはございません。確かに強欲で、非情なところも見受けられまするが、ただ無駄のないことをしているだけかと思いまするが……」
「無駄なく、そつなくか?」
左馬助は鼻で笑う。
「だから、犠牲を少なくしたのでありましょう?」
「だが、多くの敵は殺す! 女子どもも!」
「それは、世の常……、こちらがやられるとなれば、相手を殺さなければなりませぬ」
「それで狙うは天下か? それで何をする? 将軍になって、歯向かうものはすべて殺すのか? それこそ、恐怖だな」
「それは……」
「拙者には、ただ人を殺すことを楽しんでおるにしか見えん」
左馬助の言葉は、ある意味当たっているのかもしれない。
殿は、戦を楽しんでおられる。
戦場の高揚感が好きなのか、それともただ単に人を殺すことが好きのか………………そこには大きな隔たりがあるが、味方の犠牲を少なくしたいという思いには、ときに強欲に、ときに非情に見えて、人として至極真っ当な感覚があるのだろう………………と、思いたい。
「そうでありましょうか? であれば、なぜ公方様を生かす? 天下を手中に収めるには、一等邪魔な存在、いち早く始末をつけた方が良いと思いますが……」
「それは蛇の生殺し ―― のた打ち回るのを楽しんでおるだけだ」
「それは恐ろしい……」、庄兵衛は眉を寄せ、身を震わせる。
「そこまで殿も暇ではないでしょう?」
次右衛門が、同意を求めるように太若丸に視線を向けるが、何と答えたらよいか………………以前、同じようなことを言っていたから………………
左馬助は、「そら見ろ」というような顔をした。
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