本能寺燃ゆ

hiro75

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第三章「寵愛の帳」

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「殿……、殿……」

 信長は、はっと我に返った。

「うむ……」、しばし呆然と辺りを見回したあと、「何であったか?」

「はっ、領内の道、ことごとく普請が終わりました……と」

 昨年の末から、信長は領内の道を整備するよう命令を出していた。

 道幅を広げ、急な坂は緩やかにし、川や入り江には舟橋を架けた。

 物品、人の流れが頻繁になれば、各町の商売が潤う。

 また、兵の移動も速やかにできる。

 この奉行にあたった坂井利貞さかいとしさだ河野氏吉かわのうじよし篠岡八右衛門ささおかやえもん山口太郎兵衛やまぐちたろうべいらからの報告であった。

「うむ、ご苦労」

 四人は、次の言葉を待ったが、殿は庭の方を見て、ぼーっと何事か考えてはじめたので、そのまま静かに引き下がった。

 最近、万事このような次第である。

 家臣のからの報告を受けても、お茶を点てていても、弓矢の稽古をしていても、ぼーっとしていることが多い。

 太若丸との行為中にも、しばし忘れ、何事か考えている。

 声をかけると、夢から覚めたように、また始めるのだが、どうにも集中できないようだ。

 また、戦がしたいのだろうか?

 それとも、連枝衆の大半が亡くなったこと、何事か感じるものがあったのか?

 一族の繋がりは弱いと思っていた。

 一門といえども、跡目相続で、敵として戦ったこともある。

 家というものを守らねばならぬ立場ならば、例え可愛い息子でも、娘でも、それこそ親でも、兄でも、弟でも、犠牲にしなければならない。

 殿も、弟を殺し、兄や叔父たち相手に戦い、尾張を平定した。

 肉親への情など、薄いと思っていたが………………一門衆の死 ―― 特に信広の死はかなり衝撃だったのかもしれない。

 庭の梅は、ほとんど散っている。

 わずかに残る花を、鶯が啄んでいる。

「京……、行くか」

 ぽつりと呟いた。

 殿は、そのまま岐阜を出立、三月三日には京の相国寺に入った。
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