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第三章「寵愛の帳」
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「殿……、殿……」
信長は、はっと我に返った。
「うむ……」、しばし呆然と辺りを見回したあと、「何であったか?」
「はっ、領内の道、ことごとく普請が終わりました……と」
昨年の末から、信長は領内の道を整備するよう命令を出していた。
道幅を広げ、急な坂は緩やかにし、川や入り江には舟橋を架けた。
物品、人の流れが頻繁になれば、各町の商売が潤う。
また、兵の移動も速やかにできる。
この奉行にあたった坂井利貞、河野氏吉、篠岡八右衛門、山口太郎兵衛らからの報告であった。
「うむ、ご苦労」
四人は、次の言葉を待ったが、殿は庭の方を見て、ぼーっと何事か考えてはじめたので、そのまま静かに引き下がった。
最近、万事このような次第である。
家臣のからの報告を受けても、お茶を点てていても、弓矢の稽古をしていても、ぼーっとしていることが多い。
太若丸との行為中にも、しばし忘れ、何事か考えている。
声をかけると、夢から覚めたように、また始めるのだが、どうにも集中できないようだ。
また、戦がしたいのだろうか?
それとも、連枝衆の大半が亡くなったこと、何事か感じるものがあったのか?
一族の繋がりは弱いと思っていた。
一門といえども、跡目相続で、敵として戦ったこともある。
家というものを守らねばならぬ立場ならば、例え可愛い息子でも、娘でも、それこそ親でも、兄でも、弟でも、犠牲にしなければならない。
殿も、弟を殺し、兄や叔父たち相手に戦い、尾張を平定した。
肉親への情など、薄いと思っていたが………………一門衆の死 ―― 特に信広の死はかなり衝撃だったのかもしれない。
庭の梅は、ほとんど散っている。
わずかに残る花を、鶯が啄んでいる。
「京……、行くか」
ぽつりと呟いた。
殿は、そのまま岐阜を出立、三月三日には京の相国寺に入った。
信長は、はっと我に返った。
「うむ……」、しばし呆然と辺りを見回したあと、「何であったか?」
「はっ、領内の道、ことごとく普請が終わりました……と」
昨年の末から、信長は領内の道を整備するよう命令を出していた。
道幅を広げ、急な坂は緩やかにし、川や入り江には舟橋を架けた。
物品、人の流れが頻繁になれば、各町の商売が潤う。
また、兵の移動も速やかにできる。
この奉行にあたった坂井利貞、河野氏吉、篠岡八右衛門、山口太郎兵衛らからの報告であった。
「うむ、ご苦労」
四人は、次の言葉を待ったが、殿は庭の方を見て、ぼーっと何事か考えてはじめたので、そのまま静かに引き下がった。
最近、万事このような次第である。
家臣のからの報告を受けても、お茶を点てていても、弓矢の稽古をしていても、ぼーっとしていることが多い。
太若丸との行為中にも、しばし忘れ、何事か考えている。
声をかけると、夢から覚めたように、また始めるのだが、どうにも集中できないようだ。
また、戦がしたいのだろうか?
それとも、連枝衆の大半が亡くなったこと、何事か感じるものがあったのか?
一族の繋がりは弱いと思っていた。
一門といえども、跡目相続で、敵として戦ったこともある。
家というものを守らねばならぬ立場ならば、例え可愛い息子でも、娘でも、それこそ親でも、兄でも、弟でも、犠牲にしなければならない。
殿も、弟を殺し、兄や叔父たち相手に戦い、尾張を平定した。
肉親への情など、薄いと思っていたが………………一門衆の死 ―― 特に信広の死はかなり衝撃だったのかもしれない。
庭の梅は、ほとんど散っている。
わずかに残る花を、鶯が啄んでいる。
「京……、行くか」
ぽつりと呟いた。
殿は、そのまま岐阜を出立、三月三日には京の相国寺に入った。
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