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第三章「寵愛の帳」
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その面倒くさい家臣の一人酒井忠次が口を開いた。
「織田様に助力を願ったのにも関わらず、かくも早く高天神が落ちようとは……、まことにもって遺憾しがたく。小笠原めが、我らを裏切るとはよもや思わず……、まことにもって面目しがたいとはこのことで……」
と、家康の代わりに高天神城の不始末を詫びた。
小笠原氏助は、元は今川家に仕えていたが、武田と徳川の駿河侵攻で今川が滅びると、そのまま徳川に仕え、居城であった高天神城を守護した。
これを五月初めに、勝頼が攻めた ―― その数二万五千………………
当然、小笠原の兵だけでは対抗できない。
氏助は、家康に援軍を求める。
だが、浜松城の徳川も、武田の別働隊の動きが気になって動けない。
例え援軍を回しても、一万程度………………
―― 戦は、数である!
家康は、信長に救援を求めた。
それが五月初頭である。
で、実際に殿が動いたのが六月半ば………………
これ以上持ちこたえられないと、援軍が来る前に氏助は勝頼の軍門に下ったのである。
家康にしてみれば、もう少し持ちこたえろと言いたいところだろう。
氏助にしてみれば、良く持ちこたえた方だ、第一救援を頼んでも、まったく梨のつぶてではなかったか、今更何を言うか………………であろう。
まあ一番の原因は、殿がすっかりと忘れていただけなのだが………………
「そのようなこと、言っても詮なきこと。裏を返すなど、この世の常ではござらんか。某も、天下の処務に忙しく、なかなか援軍を送ることができずに、申し訳ない」
殿が詫びた ―― 珍しいことだ。
「そのような、まことにもって畏れ多いことでございます」
家康は、深々と頭を下げた。
「まあ、なんだ……、侍従殿には何度も迷惑をかけたからな」
確かに、武田晴信が西侵を始めた際には、徳川から救援の願いがあったが、織田も浅井・朝倉と睨み合っていたので、佐久間信盛らに数百の兵を付けて向かわせたぐらいだ。
それに加えて、此度の始末………………
殿も心苦しものがあったのだろう。
「おい、あれを持て!」
小姓が、二人がかりで皮袋を運んできた。
「兵糧の足しにしてくれ」
忠次が、「ありがたき幸せ」と、持ち上げようとすると、あまりに重かったのか、手を滑らせ落としてしまった。
袋から、大判がまるで滝のように零れ落ちる。
その量たるや………………
「こ、これほどのものを頂いては………………」
と、遠慮する家康に対して、
「なんぞ、これでは足らぬか? なら、もうひと袋持ってこさそう」
と、同じ大きさの袋を持ってこさせた。
「重かろうから、馬にでも括り付けて帰えられるがよい」
と、気前よく馬も贈った。
これには、家康や徳川の家臣団だけでなく、信忠や織田の家臣たちも驚いていた。
銭に価値などあるものか、銭は使ってはじめて価値がでる………………殿は、常々言っていた、だからこんな大盤振る舞いができるのだ。
家康は、これをありがたく受け取った。
「織田様に助力を願ったのにも関わらず、かくも早く高天神が落ちようとは……、まことにもって遺憾しがたく。小笠原めが、我らを裏切るとはよもや思わず……、まことにもって面目しがたいとはこのことで……」
と、家康の代わりに高天神城の不始末を詫びた。
小笠原氏助は、元は今川家に仕えていたが、武田と徳川の駿河侵攻で今川が滅びると、そのまま徳川に仕え、居城であった高天神城を守護した。
これを五月初めに、勝頼が攻めた ―― その数二万五千………………
当然、小笠原の兵だけでは対抗できない。
氏助は、家康に援軍を求める。
だが、浜松城の徳川も、武田の別働隊の動きが気になって動けない。
例え援軍を回しても、一万程度………………
―― 戦は、数である!
家康は、信長に救援を求めた。
それが五月初頭である。
で、実際に殿が動いたのが六月半ば………………
これ以上持ちこたえられないと、援軍が来る前に氏助は勝頼の軍門に下ったのである。
家康にしてみれば、もう少し持ちこたえろと言いたいところだろう。
氏助にしてみれば、良く持ちこたえた方だ、第一救援を頼んでも、まったく梨のつぶてではなかったか、今更何を言うか………………であろう。
まあ一番の原因は、殿がすっかりと忘れていただけなのだが………………
「そのようなこと、言っても詮なきこと。裏を返すなど、この世の常ではござらんか。某も、天下の処務に忙しく、なかなか援軍を送ることができずに、申し訳ない」
殿が詫びた ―― 珍しいことだ。
「そのような、まことにもって畏れ多いことでございます」
家康は、深々と頭を下げた。
「まあ、なんだ……、侍従殿には何度も迷惑をかけたからな」
確かに、武田晴信が西侵を始めた際には、徳川から救援の願いがあったが、織田も浅井・朝倉と睨み合っていたので、佐久間信盛らに数百の兵を付けて向かわせたぐらいだ。
それに加えて、此度の始末………………
殿も心苦しものがあったのだろう。
「おい、あれを持て!」
小姓が、二人がかりで皮袋を運んできた。
「兵糧の足しにしてくれ」
忠次が、「ありがたき幸せ」と、持ち上げようとすると、あまりに重かったのか、手を滑らせ落としてしまった。
袋から、大判がまるで滝のように零れ落ちる。
その量たるや………………
「こ、これほどのものを頂いては………………」
と、遠慮する家康に対して、
「なんぞ、これでは足らぬか? なら、もうひと袋持ってこさそう」
と、同じ大きさの袋を持ってこさせた。
「重かろうから、馬にでも括り付けて帰えられるがよい」
と、気前よく馬も贈った。
これには、家康や徳川の家臣団だけでなく、信忠や織田の家臣たちも驚いていた。
銭に価値などあるものか、銭は使ってはじめて価値がでる………………殿は、常々言っていた、だからこんな大盤振る舞いができるのだ。
家康は、これをありがたく受け取った。
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