本能寺燃ゆ

hiro75

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第三章「寵愛の帳」

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「じゃあ、俺はこれで」

 話し終ると、すぐに立ち去ろうとする、濁酒でも勧めようとすると、

「いらんいらん、濁酒を飲んでも、銭にもならん」

 相変わらずである。

 それでは、明智様によろしくお伝え下されと頭を下げると、

「まあ、いずれ出会ったらな」

 どちらへ?

 八郎はにやりと笑う。

「なんでも、貧乏公方が紀伊へ下るというじゃないか。あいつを使って、一儲けしようかと」

 大丈夫だろうか?

 殿曰く、『あれは〝蛇〟だ』と。

〝蛇〟は、あまり相手になされない方がよろしいのでは、下手をすると咬まれることもあるかと………………

「〝蛇〟だ? あの貧乏公方が?」

 微妙な顔をしている。

「あれは……、馬糞だ」

 天下の将軍に向かって馬糞とは ―― まあ、いまは名ばかりの将軍だが ―― あまりにも酷い。

「足利という名馬から零れ落ちた馬糞だよ。駄馬の馬糞なら、みんな見向きもしまいが、名馬の馬糞なら話は違う。良からぬ蠅どもがぶんぶんとたかってくる。こいつは高貴な香りを漂わせるお香だとか何とか言って、持ち上げる。だが、馬糞は、所詮馬糞だ。駄馬だろうが、名馬だろうが、臭いものは臭い」

 まあ、確かに………………

「貧乏公方も、己にそんな力も残っていないことぐらい、うすうす感づいているはずだ。だが蠅どもが、ぶんぶんとたかって、将軍、将軍と持ち上げれば、己にはまだそれだけの力があるのではと勘違いする。まあ、ある意味、哀れではあるがな。馬糞は、放っておけばそのうち、土にかえる。その前に、使うだけ使わんとな」

 結局、あなたも、たかる蠅ですか?

「当り前よ、俺は商人だ。使うものは、なんでも使って、稼ぐ。そのためには目利きではければならない、ものだけでなく、人を見る目もないとな。そういうところが、貧乏公方もそうだが、織田も、十兵衛も欠けている。己の芯というものがないから、相手を見誤っている。相手を信頼して使うのはいいが、やがて裏切られる」

 公方様はどうかは知らないが、殿や十兵衛は芯があると思うが………………

「そうか? 俺から見れば、その場、その場の状況に流されているだけのように見えるぞ。お前もな」

 それは、あるかもしれない………………

「前にも言わなかったか? 己がどこに立っているのか、よくよく考えろよ、と」

 そのつもりでいるが………………

「つもりじゃ駄目だな。てめぇの土台がしっかりとしてなけりゃ、どんなに大きな城も崩れる。十兵衛の城も、数年後にはなくなっているだろうよ。おっと、こんなところで無駄話をしていても、銭にもならねぇ。じゃあな、あばよ!」

 言うだけ言って、ひょいっと堀を超えていった。

 どおりで、警固番たちが騒がないはずである。
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