本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 この間、妙覚寺にいた太若丸のもとに、珍客が現れた。

「よっ!」と声をかけられたので、驚いて振り返ると、庭先に真田八郎が立っていた。

 ―― 一体どこから?

    何用で?

 それには答えず、縁側にどかりと腰かけた。

 白湯か? お茶か? それとも濁酒でも出しましょうかと尋ねると、

「いや、いらん。ついでに寄っただけだ」

 相変わらずである。

「十兵衛から頼まれてな。おぬしの先の書状の件で、書面にすると煩わしいので、京に行くついでに言付けてくれと」

 十兵衛の名が出たので、胸が高鳴った。

 まあ、八郎に言付けるくらいだから、太若丸が嬉しくなるような言葉など寄こしてはこないだろうが………………

「お前さん、あれをやるのか?」

 あれと申しますと?

「金ぴかに飾った髑髏を前に、女たちとくんずほぐれず乳繰り合うのか?」

 何のことか分からず、しばし呆然と八郎を見た。

 ああ、件の話か………………

 確かに髑髏を拝む教えだとは聞いていたが、そんな怪しげな呪いなのか?

「立川流という立派な仏様の教えだぞ」

 八郎の話はこうである。

〝真言立川流〟という真言宗の流れを組む宗派があって、茶枳尼天を本尊とする。

 そういえば、そういう怪しげな一派がいると、御山で聞いたことがあった。

 又左衛門は、そのことを言っていたのか………………

 空海の何代か後の弟子蓮念れんねんが開いた一派で、髑髏を前にして男女が交接し、それで得られる絶頂によって悟りを開いたり、念願を成就したりするとか………………

 そんな如何わしい教えがあるのかと問うと、

「如何わしいといえば、お前さんのところの寺も、人のことは言えまい」

 僧侶でありながら女と交わったり、仏という言い訳をつけて稚児と交わったりするのだから、やっていることは同じだ。

 確かに、達する時の爽快感というか、得も言えぬ快感は、まるで悟りを開いたような心持だ。

 ただ、本当に悟りを開いた僧侶から言わせれば、それは性的な快感も霞むほどの、まさに天に昇るような快感であるらしいが………………

 御山では、表向き女と交わることは禁止だ。

 女房を持つことを許している教えはあるが、目合うことが主たる目的ではない。

 まして、髑髏を使うなど、気味が悪い。

 本当にそのような宗派があるのだろうか?

「立派な教えだぞ、かの文観ぶんかんも信奉し、後醍醐の帝もそれにのめり込んだそうだ」

 まことでございますか?

「ああ、まことよ!」

 と、言い切って、しばらく後、けらけらと笑い出した。

「という噂話があるということだ。立川流と髑髏は、全く関係はない」

 確かに立川流という、真言宗から派生した流派はあるらしい。

 だが、至極真っ当な教えらしい。

 天台・真言の閉鎖的な、秘密主義的な儀式に、衆生は興味をそそられ、そこに目を付けた僧侶崩れの者や何の灌頂も受けていない者が、怪しげな儀式をやって信者を集め、女や銭を貪っているようだ。

 それが、立川流と混同され、あれは怪しげな儀式をやる宗派だと巷では思われているようである。

 もちろん、文観も後醍醐天皇も、これとは全く関係がない。

 当時文観の政敵であった者が、彼を陥れるために、立川流などという奇怪な教えに入れ込んでいると流布したようだ。

 ただ、意外に庶民の間では人気で、侍連中も、隠れて信奉している者もいるとか。

「まあ、あれだ、侍ってやつは、いつ死ぬか分からん。戦場では、屍がいくつも転がっている。死というものが身近だからな。髑髏は死を、女との交わりは生を、そういったものに縋るのも分からんでもない」

 なるほど、又左衛門らが頼るのも分かる気がする。

「まあ、これは侍だけでなく、貧乏人もそうだがな」

 ふと、御山の麓の情景を思い出した ―― あそこも、生と死が混在していた………………

「あいつから、やり方だけは教わってきたら、まあ、やりたかったらやるといい」

 太若丸は、八郎からそのやり方を教わった。
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